映画「沈まぬ太陽」とテレビ「不毛地帯」 2009.11.01

 映画「沈まぬ太陽」を観た。テレビドラマ「不毛地帯」は毎週観ている。いずれも山崎豊子の原作なので、あわせて論じたい。私は彼女のファンであり、原作では「白い巨塔(続編も含めて)」「大地の子」「沈まぬ太陽」を読み、テレビドラマ化された「白い巨塔」「大地の子」「華麗なる一族」を観たが、原作としても映像としても「大地の子」が最高だと思っている。
 さて映画「沈まぬ太陽」だが、期待ほどではなかった。御巣鷹山のシーンは「クライマーズハイ」より優れていたように思うが、ただいたるところが原作に忠実に作られていて、文章でなければわかりにくい為替差損の仕組みや、会長の辞任の理由などが、「原作を読んでいない読者にすんなりわかるのか」という疑問が拭えなかった。それに三浦友和が演じる強烈な上昇志向が何に基づくのか、それが不明瞭なまま物語が進むので感情移入することができなかった。主役の渡辺謙に関しては可も不可もなしという感想である。
 次にドラマ「不毛地帯」は「白い巨塔」に続いて、唐沢寿明が主演である。彼は原作者のお気に入りのようである。しかし「白い巨塔」のどんな手を使っても大学教授になりたい財前五郎役はハマリ役だったと思うが、「不毛地帯」の壱岐正役は彼には荷が重過ぎるんじゃないだろうか。壱岐正のモデルは元大本営参謀でシベリアに抑留され、帰還後に伊藤忠商事に入社し、会長まで昇進した瀬島龍三(故人)である。余談ながら、「沈まぬ太陽」で墜落事故を起こした国民航空の会長職を大阪の財界人(カネボウの伊藤会長がモデル・石坂浩二が演じた)に引き受けてくれるように総理から依頼されて説得し、また辞任を告げた(映画ではなぜか靖国神社で)のも、瀬島龍三(「白い巨塔で大河内教授を演じた品川徹が演じている。この役者は実にすばらしい)だとされている。そんな「国士気取り」の人物を演じるには唐沢寿明ではまだ若すぎるように思えるし、それに好演だった財前教授の印象が抜けないため、私はまだ彼の壱岐正役になじめずにいる。ただこのドラマでは遠藤憲一・松重豊などの「悪人ヅラ」の脇役が実にいい味を出しているので、これからもずっと観るつもりだ。

拙著の引用 2009.10.17

 金子みすゞに関する拙著の一文を論文に引用したと連絡があり、宮崎大学の国文学の准教授から論文が送られて来た。かつて群馬大学の学生から卒論で拙著の一部を引用したと連絡があり、卒論が送られて来たことがあるが、それに続いて引用の連絡は二度目である。しかしかつて勉誠出版が出した金子みすゞに関する書籍を読んでいたら、拙著の引用が三箇所もあって、驚いたことがある。引用は別に著者に断るなり、あるいはその引用した論文を著者に送る必要はないのかもしれないが、著者としては知らせてくれるなり、論文を読ませていただくのは実に喜ばしい。引用したと連絡するかどうかは、結局は作者の「良識」次第によるものではないだろうかと、感じた。

*後日追記
 上記の宮崎大学教育文化学部の准教授から拙著をゼミのテキストとして使いたいと連絡があり、さっそく喜んで17部送らせていただいた。拙著が将来は教壇に立つであろう若い学生たちに読まれ、彼らが拙著の中から何かを感じ取り、詩を子どもたちに教える際の一助となるならば、作者としてこれに過ぎたる喜びはない。
 まだ多数の在庫があるので、このようなご提案が再びあるようなら、喜んで拙著を送らせていただたい。

「エチカの鏡」横峯式教育法 2009.10.14

 数日前、タモリが司会するこの番組のスペシャルを見ていたら、ゼロ歳児から脳を鍛えて天才児を育て、自分の二人の息子も東大へ入れたおばあちゃん先生と、スーパー園児を育てる鹿児島の横峯保育園長、それに「いらっしゃいませ」じゃなく「ようこそお越しになりました」、「ありがとうございました」じゃなく「またのお越しをお待ち申し上げております」と言え、笑顔は歯を見せろと教えるマナー講座の女性講師の三人の特集を放映していた。
 この中で特に深い感銘を受け、驚嘆したのが横峯園長である。彼が経営する保育園では5歳の園児がほとんどが8段の飛び箱が飛べ、逆立ち歩きが出来、かつ絶対音感が鍛えられ、ビンクレディーのサウスポーを聴いただけで、ハモニカが吹けるのには心底驚いた。また横峯式学習法として、子どもは競いたがる、マネをしたがる、難しいことは嫌がるが簡単なことはすぐ飽きる、だからちょっと難しいことをさせるといった主張にはうなずくばかりだった。横峯氏は保育の素人なので、ベテランの保育士を呼んでラジオ体操をさせたが、子どもたちの「目が死んでいる」と感じたことが、独自の教育法を考え出すきっかけだそうだ。またひらがなの「あ」は子どもにとって覚えるのは難しい、だから1(算数字・縦棒)・一(漢数字・横棒)・十(漢数字)から教え、次にカタカナのイロハを順不同に教え、「あ」は94番目に教えるという手法には驚かされ、大いに共感を覚えた。
 さらに番組では夏合宿の様子を放映していたが、その前時代的な(良い意味で)教育法には大いに驚いた。まずライフジャケットを付けた男の子たちを渓流に放り込み、ライフジャッケトを付けていれば溺れないことを体感させる。次に川に張った上下二本のロープを伝って、川の中腹までカニ歩きで渡らせ、飛び込めと子どもたちに命じる。それを聞いた子どもたちがビビッて「オシッコに行ってもいいですか」と何人も言ったのは微笑ましたかったが、いざ実行の段になると中にどうしても川に飛び込めない子がいた。その子は「助けて」と泣き叫んだが、横峯氏は「助けない」と叫んでロープを揺らしたため、その子はやむなく川に落ちた(飛び込んだのではない)。このように書くと、ずいぶんスパルタで、乱暴な手法のように思えるかもしれないが、そうじゃないことはその翌日に証明される。翌日、ライフジャケットをはずして岩場から渓流へ子どもたちを飛び込ませるが、飛び込む前に横峯氏が必ず子どもたちに、「名前は?」と何度も尋ね、子どもたちが気合の入った返事をするまで飛び込ませようとはさせない。これは自分の名前に誇りを持てと教える素晴らしい教育法だと感じた。ただ飛び込むといっても高さは50センチほどで、すぐ下流には安全のために職員が待ちうけているのだが、5歳児の身長も50センチほどなので、相当な恐怖であることは想像に難くない。前日、「助けて」と泣き叫んでいた子が勇気を振り絞り、川へ飛び込んだ時は保育士たちが涙を浮かべていたが、私も目頭が熱くなった。
 ところで番組では紹介されていなかったが、横峯園長はプロゴルファー横峯さくらの伯父であり、さくらパパ(なぜか参議院議員・民主党比例区当選)の実兄である。週刊誌の記事がすべて事実だとは思わないが、賭けゴルフや女性問題で世間をにぎわす弟のことをどう思っているのか、またせっかく育てた天才園児たちの多くが公立小学校の画一的な教育の中で埋没し、その才能を眠らせてしまうであろうことをどう感じているのか、その二点をぜひ伺いたいと思わずにはいられなかった。

広島市が長崎市と共催でオリンピック招致を表明 2009.10.12

 2016年のオリンピックが東京開催で決まらず、やれやれと思っていたら、こんなニュースが飛び込んで来た。東京の二度目のオリンピックについては、東京の一極集中がさらに加速するという点で、私は大反対であったが、今度は広島・長崎が手を組んで(実情は広島の秋葉市長が長崎の田上市長を説得して)招致に名乗りを上げるようだ。思えば夏のオリピック招致は名古屋・大阪・東京と三連敗している。それに2016年は福岡が東京と代表の座を争って敗れたと記憶している。広島は東京・名古屋・大阪・福岡に比べて都市規模がずっと低く、かつては「札仙広福」と、地方の四拠点都市を総称して比較する言葉があったが、いまはこの言葉を耳にすることはほとんど無い。その理由のひとつは、広島が他の三都市に比べて、交通機関などの中枢機能が大きく劣るためかと思う。
 それなのに広島がオリンピックに長崎を巻き込んで名乗りをあげるのは、被爆都市として世界的に知名度が高いという「自負心」がなせるものである。何もしていない、ただ「核廃絶」と理念を謳い上げただけのオバマ大統領がノーベル平和賞がもらえるのなら、ヒロシマ・ナガサキ(一般にかたかなで地名を書く場合は被爆都市であるアピールするため)がオリンピックを開いてもいいじゃないかと秋葉市長が考えたかどうかはわからないが、東京の石原知事が落選に業を煮やし、オバマ大統領が2020年までに核廃絶を目指すと主張して平和賞を受賞したというこのタイミングで、招致を発表した政治的嗅覚は感心する。
 しかし現実問題として、広島でオリンピックが開けるかというと、広島市民としては大いに疑問である。かつてアジア競技大会を開き、財政が苦しくなった経験があるが、オリンピックとなればその比ではあるまい。まして長崎との共催となれば、さらに問題が山積みであろう。しかしそれらをすべて秋葉市長は承知の上で、2020年の東京招致を石原知事が懲りずに表明しているから、その動きを牽制すべく、負けを覚悟で名乗りを上げたとすれば、広島市民としては、秋葉市長を応援したくなる気持ちについなってしまいそうだ。

カープのBクラスが今年も決定 2009.10.05

 カープが昨日、横浜に敗れ、阪神が勝利したため、カープの一縷の望みであったAクラス(3位・クライマックス出場)の夢が完全に途絶えた。ブラウン監督とはAクラス入りできなけば契約の更新をしない取り決めだったため、Bクラス入りを見越していたカープ球団は、早々と次期監督の座を野村謙二郎氏に要請した。野村氏が拒むことは考えられないので、次期監督は彼で決まりであろう。
 さてブラウン監督だが、彼の任期4年の通算成績は5位.5位.4位.5位(今年はまだ4位の可能性はあるが、おそらく5位だろう)である。私は先日、期待を込めてカ−プ3位と書いたが、やはり力不足だったようだ。しかし結果がすべてのプロにおいては、この成績は彼が「有能」な監督であったと評価できるものではない。フロントに全権を委任されなかったなどの問題はあるにせよ、あるいは一部に若手を育てた、退場などのパフォーマンスに長け、地域密着に尽力したと評価する向きもあるようだが、「勝ってナンボ」の世界では、彼がカープを去るの至極当然である。彼はアメリカンベースボールは日本野球よりはるかに上だと考えている節がうかがえ、また頑なに外国人選手や一部の選手に固執する面があり、私は最後まで彼のファンにはなれなかった。
 そこで野村氏だが、彼がカープ監督に就任することで何が変わるかだが、おそらく多くは望めないだろう。だがもし、彼が大幅なトレードを断行し、カープのぬるま湯体質を一新し、フロントも彼に全権を委任するなら、少しは期待できるかもしれない。しかし「生え抜き」で、よそを知らない、コーチ経験もない野村氏にそれができるかというと、私は大いに疑問を禁じえない。
 わが愚妻は「どうせ野村なら、楽天のノムさんならよかったのに」とのたもうたが、私は大反対である。マスコミばかり顔を向ける彼より、私の最も望む監督は「高橋慶彦」である。カープを(往年のだが)知り尽くし、かつバレンタイン監督の功と罪を知り尽くした彼は、カープ監督として大いに辣腕を奮ってくれると期待したが、かなわぬ夢で終わりそうだ。フロント、いや松田オーナーが、彼をまだ許すつもりにはなれないのだろう。

鞆港埋め立て架橋計画に工事差し止め判決が下る 2009.10.03

 広島県福山市の 鞆の浦は知る人ぞ知る景勝地である。瀬戸内海に面した港は往年の風情をしのばせ、坂本龍馬がいろは丸海難事故を紀州藩と談判したことや、宮崎駿監督の映画「崖の上のポニョ」の舞台として、同監督が二ヶ月ほど滞在し、映画の構想を練ったことでも知られている。
 この鞆の浦を埋め立て、橋を架けようという計画が二十数年前から進められているが、この計画は景観を破壊するものだと訴えた住民らに対し、広島地裁が昨日、事業者である広島県と福山市に対して工事差し止めを命ずる原告全面勝訴の判決を下した。
 この鞆の浦の問題に私は大いに関心を抱き、今年4月にルポを書くため取材に訪れたことがある。ルポは陽の目を見ることはなかったが、現地取材を通じて知りえたことをいくつかここで明らかにしたい。
 まずこの計画は先代の三好福山市長時代にほぼ頓挫し、計画は撤回されそうな流れであった。しかし三好市長が死去し、後任に羽田(はだ)市長が当選したことにより、計画が蒸し返される。羽田氏は鞆町出身のために、「埋め立て架橋を実現するために、私は市長になった」と公言し、計画の実現のため、庁内にプロジェクトチームを作り、また鞆町内での住民説明会を開き、福山選出の宮澤洋一前代議士(8/30の選挙で落選)らと視察を行うなど、情熱的に取り組んだ。しかし金子前国土交通大臣が広島県に対して、「再検討せよ」と事業認可を下さなかったことから、雲行きが怪しくなる。そして今回の判決である。計画は完全に暗礁に乗り上げたと言っていいだろう。
 この計画に反対する住民から話を聞いたが、この計画のそもそもの目的は鞆町住民の利便性(狭い道幅の解消など)ではなく、沼隈町にある常石造船(宮澤喜一元首相の支持母体として有名)と福山市にある旧日本鋼管を結ぶ最短ルートを作る必要があったからだそうだ。そのため代替案として山側のトンネル計画も出されたが、福山選出の広島県議や一部有力者が架橋を当て込んで土地を買い占めていたために、トンネル案は採用されず、強引に架橋計画が進められているそうである。
 またトンネルを掘らずとも、鞆町の二つの道路(現在の主要道路と奥の細い道路)を、祭りや花火大会の際に実施されるような一方通行にする案もあるが、これではあまりに工事費がかからない(一部の交差点と道路を拡張するだけで済む)ために、採用される見込みはないそうだ。
 このようにこの計画は紆余曲折を経ながらも、最終的には頓挫しそうである。あとはいかに県と市が「白旗」を上げるかによるであろう。しかし、昨日テレビを観ていて、「NPO法人 鞆まちづくり工房」の代表で、また反対派のリーダーとしてよくマスコミに登場する松居秀子氏(いろは宿を経営。私はこの人へも取材した)が宮崎監督へ電話をかけ、「先生、勝ちました」と叫んでいるのを見て、朝青龍が優勝決定戦でガッツポーズをしたのを見た時よりも気分が悪くなった。「たしかに勝訴かもしれないが、勝ち負けの問題じゃないだろ」と思わずにはいられなかった。反対派と推進派の埋まらない溝を生んだのは、「よそ者」と推進派から非難される反対派住民の言動にもあるということを、如実に表したワンシーンのように思えてならなかった。

国民の祝日 2009.09.22

 今日は国民の祝日だそうである。いつから始まったのか知らないが、規定の祝日と祝日にはさまれた平日は祝日にすると定めた法律によるものらしい。これまで5/3の憲法記念日と5/5の子どもの日の間によく適用されていたが、敬老の日と秋分の日の間に適用されるのは初めてだそうである。このため、シルバーウイークと称する5連休が出現した。これはゴルーデンウイークに準ずる「銀の週間」と、敬老の日とシルバーシートをかけた命名だそうだ。
 休日が連続することで喜ぶ人や職種も多いかもしれないが、私のように平日も休日もあまり関係ない人種(平日も休日のように暇であるという意味において)にとっては、あまり休日が多いのは苦痛である。
 それにハッピーマンディと称して、たとえば敬老の日は9/15、体育の日は10/10と固定されていたものを、翌週の月曜日に振りかえるようにしたのにもなじめない。思えばサラリーマン時代に、火曜や水曜が祝日だと、今週は一日か二日会社に行けばまた休みだと思って妙に嬉しかったが、このハッピーマンデイのせいでそんな思いを抱くことはなくなった。もっともサラリーマンに戻ることは永遠にないだろうから(雇ってくれる会社がないという意味において)、いまの私にはまったく関係ない話である。

クライマックスシリーズ 2009.09.12

 プロ野球の3位争いがにぎわっている。セリーグはヤクルト・阪神・広島が、パリーグは楽天・西武がその座を争っている。3位になればクライマックスシリーズに出場し、日本シリーズにも出場できる可能性もあるから3位争いが注目を集めているのだが、従来であればセは巨人と中日、パは日本ハムとソフトバンクの優秀争いに興味が集中し、他のチームは消化試合をこなすだけだったことを考えれば、このシステムは観客増に貢献しているといえるだろう。しかしいま3位争いをしているチームは楽天を除いて、すべて勝率5割以下の借金を背負ったチームである。そんな勝率で3位になり、しかもクライマックスシリーズの2位決定戦、優勝決定戦を連覇し、さらに日本シリーズに出場するようなことがあれば、シーズンを1位2位で終えた選手やファンは面白くないであろう。これまで2位だったロッテや中日がこのシステムのおかげで日本シリーズに出場したことはあるが、3位だったチームが出場したことはない。せめて勝率が5割以下で3位になった場合はクライマックスシリーズには出場できないなどと、ハードルを高くしないと、貯金を20前後たくわえて1位2位になったチームは納得できないだろう。
 しかしもし勝率5割以下の3位のチームが日本シリーズに出場するようなことがあれば、またあのナベツネ氏がクライマックスシリーズは中止だ、日本シリーズも必要ない。1リーグ制10チームにしようなどと、騒ぎ出すかもしれない。
 それはともかく私の予想では、セの3位が広島だが、広島は中日に敗れ、決定戦では中日は巨人に敗れ、巨人が日本シリーズに出場する。今年の巨人は移籍組と若手の台頭によって戦力が増し、その強さは尋常ではないと思える。パの3位は楽天。しかし楽天は2位の日本ハム(日本ハムは現在首位だが、ソフトバンクのほうが勢いが勝っているように思える)に敗れ、決定戦では日本ハムはソフトバンクに敗れ、ソフトバンクが日本シリーズに出場すると思う。
 日本シリーズの巨人VSソフトバンクは4勝1敗で巨人の圧勝だと思うが、日本シリーズ出場チームの顔ぶれが異なったら、また改めて予想を書き込むつもりだ。

民主圧勝・自民惨敗 2009.08.31

 昨日の総選挙で民主が308議席、自民が119議席を獲得した。民主圧勝の要因は、「政権交代」の四文字の前に、与党が有効なスローガンを打ち立てられなかったためであろう。「責任力」、「政権ではなく政策論争を」という宣伝も見たが、マスコミの今回の選挙は「政権選択」選挙であるという民主党を後押しするような論調の前には、無力だったようである。
 今度の選挙の結果では意外でもなんでもない。小選挙区制においてはオセロゲームのように白がいっきに黒に変わってしまう、それを先の小泉主導による郵政選挙において、日本人は経験したはずだ。今回はその逆の結果が出たに過ぎないといえるだろう。とは言え、私見ではもっと民主は勝てたし、自民は意外に強かったというのが実感である。鳥取・島根・高知などの自民王国は議席を守り切った。
 しかしどうも納得がゆかないのが、「比例区による復活当選」である。この救済措置のおかげで、武部勤・町村信孝・与謝野薫・小池百合子・野田聖子・中川秀直といった「郵政民営化」路線(野田聖子を除く)の大物たちが小選挙区で敗れたのに、議員バッチを失わずに済んだ。小選挙区と比例区の併用は、こういった大物議員を救済するためではなく、たとえば比例単独候補あるいは新人ないし3期目までの議員に限り、惜敗した若手のために活用されるべきであろう。そうすれば世襲ではなく、異業種から優秀な人材が政界に進出しやすくなるであろう。比例区の名簿「順位」を決めるのは、党の大物議員たちなのに、このシステムが小選挙区で落選した大物議員のセーフティネットとして活用されるのは、はたして民意を反映した制度といえるだろうか。
 それはともかく民主党が政権を獲ったのは、実に興味深い。民主党がマニュフェストに掲げた公約をどのくらい達成できるのか、また小沢・反小沢と党内が一枚岩ではない民主党がどんなお家騒動を見せるのか、また宇宙人とも呼ばれる鳩山がどんな政治手腕を発揮するのかなど、実に興味深い。民主党が失政を繰り返すようならば、来年の参院選で自民の反撃に遭い、民主党政権は短命に終わるであろう。まずは組閣人事、特に「国家戦略」担当大臣に注目したい。

全国学力テストの結果公表 2009.08.29

 公立小学校6年生と中学3年生を対象に、3年連続で実施された全国学力テストの結果が公表された。問題と解答、それに学校と児童・生徒への質問票はこちらのサイトで見ることができる。
 さて、この結果の一環として、都道府県別の成績順位が公表されたが、それについて言及したい。大阪府の橋下知事は、大阪が前年度は小中学校とも45位(下から数えると3位)と、きわめて低い結果だったことを気にして(今年は小学校が41位、中学校は変わらず45位)、市町村別の順位を公表しようとし、また「首長には責任を感じてほしい」旨を発言し、「責任は府教委にある」と主張する首長の反発を招いているようだが、それほどこの順位は気にする必要があるだろうかというのが私の意見である。
 まずこのテストの上位3県は、小学校が秋田(1)・福井(2)・青森(4)である。( )は去年の順位。また中学校は福井(1)・秋田(3)・富山(2)である。一方ワースト3は小学校が山口(39)・北海道(46)・沖縄(47)。中学校が大阪(45)・高知(46)・沖縄(47)である。
 この順位から読み取れるのは、小中学校ともに東北や北陸の県が上位を占め、また大阪・北海道・沖縄は下位の常連であるという点である。この理由は何であろうか。秋田や福井は児童・生徒数が少なく、少人数指導を重視していることの結果であるとう論調もあったが、すると同じく少人数指導を行っている北海道(北海道は分校が多い。理由は学区が広くて生徒の通学が困難なため)が低いことの理由が説明できない。ただいえるのは、この学力テストの結果というより、ただの順位を大人たちが大いに気にして、直前に対策を行っているか否かにあるんじゃないだろうか。
 それからたとえば東京は小学校は5位(7)なのに、中学校は28位(30)と、ガタンと下がるのは、成績優秀な児童が中高一貫の私立へ進学するためだと思われる。東京以外にも神奈川・埼玉・千葉でも同じ傾向が見られることからも、そのように分析してよいだろう。
 このようにいろいろ問題が多いと思われる学力テストだが、子どもたちの学力向上よりも、まるで都道府県対抗のレースのような取り上げ方をされる点にも、問題があると思われる。
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