立松和平氏逝去 2010.02.10
立松氏はニュースステーションに出演し、カヌー下りなどをしながら、栃木弁らしい朴訥な口調で自然保護を訴えていた。そんな暇があるなら、「遠雷」以上の小説を書いてくれと私はいつも思っていたが、どう生きるかは本人の自由なので、それをいまさらとやかく言うつもりはない。
ところで、つい先日、氏の全集30巻が勉誠出版から刊行されるという新聞記事を読んだばかりである。1冊4725円と知り、そんな高くて誰が買うのかと思ったが、出版社も売れないことを想定して高く料金設定したのであろう。しかし作家として、個人全集が刊行されるのは、至上の喜びであろう。病に苦しんでいた立松氏の全集が刊行されるのは、故人にとって何よりのはなむけだと思う。
朝青龍と世間 2010.02.05
今日の引退会見をテレビで何回か見ていて、感じたことがる。それは彼が引退する理由を、「世間をお騒がせし、たくさんの方に迷惑をかけたからだ」と述べたことだ。似たようなセリフを、安治川親方(立浪一門なのに理事選挙で貴乃花に1票を入れた)も口にしていたし、貴乃花も自分を応援する6人の親方が二所の関一門を破門された際に口にしたような気がする。思うに「世間を騒がせる」ということはそんなにいけないことなのだろうか。それに何か行動を起こせば、その是非はともかく誰かに「迷惑」がかることは避けられないのではないだろうか。もちろん慣習を破って39歳の若さで理事に立候補しようという貴乃花や、借株の身ながら師匠筋の大島親方に投票せず、落選の憂き目を味あわせた安治川親方、泥酔して傷害事件(真相は藪の中で終わりそうだが)を起こした朝青龍の行為を同列に論ずることはできないだろう。しかし何かあるとマスコミの前で、「世間をお騒がせした」と頭を下げるのは、マスコミがあたかも国民の代弁者かのように「言論の自由」「民主主義」「横綱の品格」等々を振りかざし、まず頭を下げなければ記者会見が始まらないような雰囲気が、その場にあるためではないだろうか。
朝青龍が頭を下げるべきは傷害事件の被害者であり、高砂親方であり、相撲協会であり、そして何より彼のファンに対してである。マスコミに対してではけっしてない。引退することによって、応援してくれたファンにもう自分は相撲を見せられないのだから、まずそのことを詫びてほしかった。しかし彼は「ケジメ」は口にしたけど、力が衰えたからではなく、愚行の連続、いわば身から出たさびが今日の事態を招いたことの、ファンに対する謝罪の気持ちを、私は彼の会見から感じることはできなかった。ただ、まだ相撲が取れるのに、追い詰められて辞めさせられる悔しさを感じただけである。
朝青龍が土俵を去ることによって大相撲人気はさらに下がるだろう。そのことを思えば、朝青龍はもっとボロボロになりながらも土俵にしがみつき、たとえ解雇されても法廷闘争に持ち込んで、土俵に立ち続けてほしかった。自ら「引退」を口にするのは、彼のこれまでの言行(彼の内面は小心でナイーブであるという人もいるらしいが)から考えれば、ちと潔すぎるように思う。しかし、すでに25回と歴代3位の優勝回数を記録したことで、彼が燃え尽き、また彼の体はもうボロボロだったとも聞くから、今日の決断が彼にとっては「限界」だったのかもしれない。
後日追記
朝青龍は理事会に呼ばれて、暴行の事実について質問され、「覚えていないけど、殴っていない」「殴っていないけど、示談した」と矛盾した発言をし、また示談書のコピーを提出したけど、示談金については黒塗りされており、その金額を明かさなかったことや、被害者からの寛刑嘆願書を個人マネージャーが報道陣に配ったことが理事会の心証を悪くし、解雇7出場停止5の裁決の結果、九重親方(千代の富士)らが「引退を表明しないと、おまえ解雇されるぞ」と説得したことが引退の真相らしい。しかしどうしても不可解な点があるので、それについて書く。まず当初は個人マネージャーの一宮氏が殴られたと報道された。これは後に「彼のミス」であると高砂親方は表明したが、殴られてもいないのになぜ殴られたと言ったのか、その理由を探ろうと私は彼のブログを読んだが、納得できる理由は何も記されていなかった。考えられるのは、一宮氏は朝青龍が誰かを殴るのを見て、事が大きくなるのを恐れて、自らが被害者の身代わりになり、事実を隠蔽しようとしたのであろう。その効果があってかどうかはわからないが、当初は武蔵川理事長の厳重注意だけで事が済みそうな様子だった。しかしマスコミが騒ぎ出し、また週刊誌に示談金はン千万などと書かれたため、理事会で強硬な意見が噴出し、引導を渡された朝青龍がついに観念したというのが、真相のようである。ならば事実関係を報道すべきマスコミが、なぜ暴行についての事実を朝青龍の「この話は済んだことだから、もうこれで終わり」という引退会見での発言で終わらせてしまうのか、その理由が私にはわからない。マスコミもまた引退して「過去の人」になる朝青龍からは、真相の究明を追及しても意味がないと考えているとしたら、マスコミはますます国民から信用されなくなるであろう。
「ジャンプ」佐藤正午☆☆ 2010.01.28
それにこう書くと身もふたもないが、要は「二股」の恋愛小説である。二股はそれはそれで小説の題材になると思うから、倫理的にどうこうなどと野暮なことを言うつもりはないが、それならそれでSEXシーンの違いを書くなり(この記述はまったくない)、主人公の二人の女性への感情の違いを書くなり、いくらでも腕の振るいようがあるかと思う。しかし、謎を解き明かすべく女性を探す主人公の行動に筆が割かれ、かつその失踪の理由(すべてではないが)が、二股をかけられた相手の女性から手紙を読んだことだいう設定には、拍子抜けだった。
他にも失踪した彼女の父がテレビに出演していたのを、主人公が「偶然」観て沖縄へ行くという設定や、主人公と彼女との博多駅での五年後の「偶然」の再会など、偶然に頼ってストーリーを進める筆者の手腕に、生意気を言わせていただければ、「たいしたことないな」と思ってしまった。
小林繁という生き方 2010.01.24
野球引退後に離婚・参院選落選・自己破産と、かなりの辛酸をなめたようだが、それもまた「悲運のエース」と呼ばれた彼らしい生き様なのかもしれない。福井に住んでいたのは、妻の実家がゴルフ場を経営し、そこのマネージャーをしていたためらしいが、日本ハムの一軍コーチに来期は就任する予定だったから、この早すぎる死は、彼にとって空港でいきなり「阪神へトレードで出す」と告げられたことと比肩するほどの無念であろう。謹んで哀悼の意を表したい。
JALが会社更生法適用を申請 2010.01.19
JALの経営体質についてはマスコミ報道以上のことは知らない。しかしここ広島では、県の要請で広島−ホノルル線を運航したり(採算割れでたしか一年強で廃止したが)、市の要望に子会社のJ−AIRが鹿児島・宮崎線を広島西飛行場から運航(現在も運航している)と、JALに対して不採算路線であっても、地方振興のために路線を拡大させてきた事実を知っているだけに、JALに公的資金(つまり税金)が投入されても、かつての銀行やゼネコンと違って、しょうがないんじゃないかという思いである。
それに佐賀、神戸、それに静岡など(ここはたしかJALは就航していなかったと思うが)と、とても空港が必要とは思えない県まで、甘い汁を吸いたい政界・経済界に強く望まれて路線を就航させられたことを思えば、JALの倒産をJAL自身の責任だとはとても思えないのだが、JAL自身にもフラッグキャリアとしての妙なおごりや親方日の丸的な体質が、今日の事態を招いてしまったのではなかろうかと考える。
魁皇の新記録達成を祝う 2010.01.12
ところで今日の対戦相手は千代大海だった。大関同士の対戦は10日以降に組まれると思っていたが、3日目に組まれたのは、千代大海の今場所での引退が確実だからかもしれない。負け続けながらも土俵に上がり続ける千代大海は早く引退せよと言いたいが、優勝する力もなく、8勝7敗を続けながら、土俵にしがみ続けている魁皇も、あまりほめられたものだとは言えないだろう。モンゴル勢ばかり強い大相撲にあって、魁皇は期待の星だが、魁皇が土俵を去る日も遠くないだろう。そう考えれば、これが魁皇の最後の置き土産として、魁皇は近く土俵を去るんじゃないかと、感じた。するとますます大相撲がつまらなくなるなと、思わずにはいられなかった。
親知らずを抜く 2010.01.06
それに四十肩・五十腰と言ったと思うが、この次にマラと歯が衰えるんじゃなかったろうか。すると肩・腰・マラはとっくに衰えている我輩は、いよいよ歯が衰え、「総入れ歯」へのカウントダウンが始まったのかもしれない。まだまだ若いつもりでいるが、いよいよ老人の入り口に差し掛かったかと思うと、憂鬱である。歯の微妙な痛みとともに、そんなことを感じる正月だった。
今年を表す漢字一文字は「塾」 2009.12.31
個人的な重大ニュース3は、1.塾のガイドブックを出版した(あまり売れなかったが)。2.塾を始めた(まだ生徒が3人しかいない。女房に趣味でやっていると言われている)。3.ブログを始めた(最初こそせっせと更新したが、いまはさぼってばかりいる)である。だから、これまで一年を表す漢字は常に「貧」だったが、今年は「塾」にしようかと思っている。
来年はどんな年になるのだろうか。塾の本を出したおかげで、よその塾の小論文の添削・採点をいま行っているが、これで得たノウハウを生かして、小論文に関する本を来年の秋に出版できればと、準備中である。
ところで日本中を見渡すと、いまはすさまじい不景気で、一昨日のニュースで中国のGDPが日本を抜き、世界第二位になったと報じていたが、日本が再び二位の座を占めることはおそらくないであろう。日本はこれからどうなるかも心配だが、それより自分自身が来年も無事に年を越せるかである。工場閉鎖で退職を余儀なくされた社員や、内定が決まらない大学生も多いと聞く。彼らも暗澹たる思いでいるだろうが、自分で選んだとはいえ、自由業もそれなり大変なのである。どうやって糊口をしのぐか、来年はそればかり考えずに済む一年になればと思っている。介護タクシー業を6年ほど続け、車椅子とストレッチャーによる病院搬送を行っているが、この売り上げが競争相手の増加と不景気により、ピーク時の20〜30%程度に激減した。これをどうやって立て直すか、あるいは見切りをつけるかが、来年の課題だと思っている。
追記:「何もいいことがなかった」と書いたが、とても「いいこと」があったのを、書くのを忘れていた。それは「金子みすゞの著作権について」というこのブログの書き込みに関して、多くの読者から共感と拍手を得たことである。そしてさらに、宮崎大学の国文学の先生から拙著をゼミで使いたいと連絡があり、購入していただいたことである。将来、中学校の教壇に国語教師として立つ学生たちに拙著が読まれたようである。この場で改めてお礼を申し上げたい。
ブログ記事の書き込みを年末まで休みます 2009.12.06
映画「沈まぬ太陽」とテレビ「不毛地帯」 2009.11.01
さて映画「沈まぬ太陽」だが、期待ほどではなかった。御巣鷹山のシーンは「クライマーズハイ」より優れていたように思うが、ただいたるところが原作に忠実に作られていて、文章でなければわかりにくい為替差損の仕組みや、会長の辞任の理由などが、「原作を読んでいない読者にすんなりわかるのか」という疑問が拭えなかった。それに三浦友和が演じる強烈な上昇志向が何に基づくのか、それが不明瞭なまま物語が進むので感情移入することができなかった。主役の渡辺謙に関しては可も不可もなしという感想である。
次にドラマ「不毛地帯」は「白い巨塔」に続いて、唐沢寿明が主演である。彼は原作者のお気に入りのようである。しかし「白い巨塔」のどんな手を使っても大学教授になりたい財前五郎役はハマリ役だったと思うが、「不毛地帯」の壱岐正役は彼には荷が重過ぎるんじゃないだろうか。壱岐正のモデルは元大本営参謀でシベリアに抑留され、帰還後に伊藤忠商事に入社し、会長まで昇進した瀬島龍三(故人)である。余談ながら、「沈まぬ太陽」で墜落事故を起こした国民航空の会長職を大阪の財界人(カネボウの伊藤会長がモデル・石坂浩二が演じた)に引き受けてくれるように総理から依頼されて説得し、また辞任を告げた(映画ではなぜか靖国神社で)のも、瀬島龍三(「白い巨塔で大河内教授を演じた品川徹が演じている。この役者は実にすばらしい)だとされている。そんな「国士気取り」の人物を演じるには唐沢寿明ではまだ若すぎるように思えるし、それに好演だった財前教授の印象が抜けないため、私はまだ彼の壱岐正役になじめずにいる。ただこのドラマでは遠藤憲一・松重豊などの「悪人ヅラ」の脇役が実にいい味を出しているので、これからもずっと観るつもりだ。



2009年7月より、広島市佐伯区海老園にて個別指導学習塾を始めました。小学生に算数・国語を、中学生に英語・数学を中心に、それに高校・大学入試対策の小論文を教えます。詳細についてはバナーをクリックお願いします。


