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鞆港埋め立て架橋計画に工事差し止め判決が下る

 広島県福山市の 鞆の浦は知る人ぞ知る景勝地である。瀬戸内海に面した港は往年の風情をしのばせ、坂本龍馬がいろは丸海難事故を紀州藩と談判したことや、宮崎駿監督の映画「崖の上のポニョ」の舞台として、同監督が二ヶ月ほど滞在し、映画の構想を練ったことでも知られている。
 この鞆の浦を埋め立て、橋を架けようという計画が二十数年前から進められているが、この計画は景観を破壊するものだと訴えた住民らに対し、広島地裁が昨日、事業者である広島県と福山市に対して工事差し止めを命ずる原告全面勝訴の判決を下した。
 この鞆の浦の問題に私は大いに関心を抱き、今年4月にルポを書くため取材に訪れたことがある。ルポは陽の目を見ることはなかったが、現地取材を通じて知りえたことをいくつかここで明らかにしたい。
 まずこの計画は先代の三好福山市長時代にほぼ頓挫し、計画は撤回されそうな流れであった。しかし三好市長が死去し、後任に羽田(はだ)市長が当選したことにより、計画が蒸し返される。羽田氏は鞆町出身のために、「埋め立て架橋を実現するために、私は市長になった」と公言し、計画の実現のため、庁内にプロジェクトチームを作り、また鞆町内での住民説明会を開き、福山選出の宮澤洋一前代議士(8/30の選挙で落選)らと視察を行うなど、情熱的に取り組んだ。しかし金子前国土交通大臣が広島県に対して、「再検討せよ」と事業認可を下さなかったことから、雲行きが怪しくなる。そして今回の判決である。計画は完全に暗礁に乗り上げたと言っていいだろう。
 この計画に反対する住民から話を聞いたが、この計画のそもそもの目的は鞆町住民の利便性(狭い道幅の解消など)ではなく、沼隈町にある常石造船(宮澤喜一元首相の支持母体として有名)と福山市にある旧日本鋼管を結ぶ最短ルートを作る必要があったからだそうだ。そのため代替案として山側のトンネル計画も出されたが、福山選出の広島県議や一部有力者が架橋を当て込んで土地を買い占めていたために、トンネル案は採用されず、強引に架橋計画が進められているそうである。
 またトンネルを掘らずとも、鞆町の二つの道路(現在の主要道路と奥の細い道路)を、祭りや花火大会の際に実施されるような一方通行にする案もあるが、これではあまりに工事費がかからない(一部の交差点と道路を拡張するだけで済む)ために、採用される見込みはないそうだ。
 このようにこの計画は紆余曲折を経ながらも、最終的には頓挫しそうである。あとはいかに県と市が「白旗」を上げるかによるであろう。しかし、昨日テレビを観ていて、「NPO法人 鞆まちづくり工房」の代表で、また反対派のリーダーとしてよくマスコミに登場する松居秀子氏(いろは宿を経営。私はこの人へも取材した)が宮崎監督へ電話をかけ、「先生、勝ちました」と叫んでいるのを見て、朝青龍が優勝決定戦でガッツポーズをしたのを見た時よりも気分が悪くなった。「たしかに勝訴かもしれないが、勝ち負けの問題じゃないだろ」と思わずにはいられなかった。反対派と推進派の埋まらない溝を生んだのは、「よそ者」と推進派から非難される反対派住民の言動にもあるということを、如実に表したワンシーンのように思えてならなかった。

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