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橋の上の「殺意」鎌田慧 ☆☆☆

 2006年4月から5月にかけて起きた、畠山鈴香被告による秋田連続児童殺害事件についてのルポタージュである。タイトルの「殺意」が括弧でくくられているのは、最初の殺人である実の娘の彩香ちゃんの殺害について、著者が被告の「殺意」に疑問も感じているためである。また彩香ちゃんの殺害現場については「大沢橋」とされ、この本の装丁にもその写真が使われているが、著者はこの点についても疑問を呈している。
 それに著者は死刑は廃止論者として、被告の死刑はありえないと、本書では被告の育った環境(父親の暴力など)や病気(健忘など)について詳しく言及し、被告を擁護する主張が本書のベースになっている。たしかにこの連続殺人、特に近所に住む豪憲くんの殺害については、その理由を被告も含めて誰も説明できないもどかしさがあり、それを検察は最初の殺人を隠蔽するためだとストーリーを描き、弁護側は心神耗弱を理由にあげたが、判決では鈴香ちゃんへの殺意を認め、また豪憲くんの殺害には被告の責任能力を認め、無期懲役が確定した。
 さて本書であるが、読み終えて、実に違和感を覚えた。それは著者が丹念に被告の育った環境や人格形成に迫り、さらに健忘・広汎性発達障害などの病気についても記述しているが、著者自身が畠山被告の実像をとられきれていないと感じたからである。そのため被告の虚像を書き立てるマスコミへの批判や、遺族である米山氏の思いについても記述されているが、それがこの本書の主眼ではないようなので、どこか「総花」的な印象を否めなかった。
 佐野眞一「東電OL殺人事件」も読んだことがあるが、佐野氏は円山町で彼女を殺害したのはネパール人ではない、無罪であると、この著作で断固主張し、ネパールへも飛んでいる。だからこそ佐野氏はこの著作を書いたと主張しているが、それに比べて鎌田氏は出版することで何を社会に訴えようとしたのか、それが私は読み取れず、漠然とした違和感を拭い去ることができなかった。
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