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短編小説「盗作」原稿用紙換算30枚

       1
新聞はきまって朝日・読売・毎日の順で、卓上に置かれた三大紙に眼を通す。それがT新聞文化部部長に昇進したばかりの佐伯の朝の日課であった。T新聞はT県の県庁所在地T市に本社を置く地方紙だが、佐伯は勤続三十五年、定年を三年後に控えて、ようやく部長に昇進した。
三大紙は各紙の販売店からT新聞に配達され、各部局に数部、それと部長職以上は各人の卓上へ置かれる。部長に就任した喜びをかみ締めるのは、三大紙を誰気がねなく読める、この朝のひとときだった。
部長職以上の特権はもうひとつある。それは電話である。部長たる佐伯の前には二台の電話が置かれているが、一台はダイヤルインの受信専用、一台は文化部と兼用である。このためT新聞の部長職以上は二種類の名刺が支給される。佐伯は通常は会社代表と文化部の電話番号が記された名刺を渡し、重要と思われる関係先と個人にはダイヤルインの記された名刺を渡していた。
三大紙をあらかた読み終え、自宅でも購読しているT新聞の社説に改めて眼を落としていた佐伯は、ダイヤルインの着信に気付き、受話器をあげた。
「佐伯部長でしょうか」
電話の奥から聞こえてきた声に聞き覚えがあったが、佐伯は相手の名をたずねた。
「どちらさまでしょうか」
「名乗るほどの者じゃありません。県詩人協会の会員の一人と申し上げれば、部長ならおわかりいただけるでしょう」
 電話の主は冷たく言い放った。言い終えたあと、ほんのすこしだけ笑った気配がした。
 佐伯は一人の人物を思い浮かべた。県詩人協会副会長の殿岡は皮肉を口にする際、きまって唇の端をかすかに歪める。その冷笑をあたかもいま目の前で見せられているような錯覚を佐伯はおぼえた。
「ご用件をお伺いしましょう」
 佐伯は気を鎮め、声低く相手へたずねた。
「今朝の文芸コーナー、見ましたよ」
「------それで?」
「それでじゃないですよ、部長。おたくの詩壇、うちの会員のはちっとも載せてくれんのに、今日はまた、えらいおかしな詩を載せましたなぁ」
 電話の主は声を噛み殺し、今度ははっきりと笑った。
------やはり、殿岡だ。
 佐伯は確信した。
 殿岡はT新聞が隔週で掲載する文芸コーナーの詩壇の選者である杉本とそりが合わず、県詩人協会の会長の席を杉本と争って敗れた際は、会を脱退して新たに詩人協会を設立しようとしたが、人口二百万たらずの県に詩人協会が二つあっても両立は難しいと周囲に説得され、副会長に就任することで矛を収めた。
 県詩人協会の会長には地元T新聞の選者と、T新聞の子会社が運営するカルチャースクール「詩の教室」での講師職が約束されている。それだけに杉本と殿岡はいずれも名誉と実利をめぐって、前会長の死去に伴う会長選挙において後継者争いを演じたが、人望に優る杉本に殿岡は及ばなかった。
 杉本より殿岡のほうが自費出版した詩集の冊数が多く、詩の芥川賞とも称されるH氏賞の候補に挙げられたことがあるなど、殿岡のほうが詩人としての知名度が全国的に高く、殿岡を支持する者も少なくなかった。また杉本の主宰する同人詩誌「残照」は休刊していたが、殿岡の主宰する同人詩誌「黎明」はまだ続いていた。しかしいずれも定年を過ぎた二人の、杉本は元学校長、殿岡は県庁の元課長補佐という肩書と人脈の差もこの会長選挙に影響したようだと、佐伯は見ていた。
 選者となった杉本は「詩人の裾野を広げたい」と称して、県詩人協会員以外からの、特に若い高校生や大学生の作品を積極的に選び、その点に殿岡は不満を唱えているらしいと佐伯は聞いていたが、殿岡から掲載された作品について電話をもらったのは初めてだった。
「今日の作品のどこがおかしいんでしょか。よろしければ教えていただけませんでしょうか、殿岡さん」
 掲載する作品を決めるのは杉本の仕事だ、文句があるなら杉本へ言ってくれとの思いを胸に秘め、佐伯は声をことさら落ち着かせて殿岡へ問うた。
 殿岡は名指しされたことに気付く様子もなく、淡々と答えた。
「あれはね、佐伯部長。盗作です、盗作。金子みすゞのね」
 佐伯は息が詰まった。
------盗作? 今日、詩壇に載せた作品が盗作だと!
 佐伯は何も答えられず、殿岡の言葉を待った。
「金子みすゞはもちろん知ってますよね。彼女の詩、『野茨の花』を探して読んでみたら、すぐわかりますよ。野原の野、茨城県の茨、『野茨の花』です。------それじゃ」
 電話は佐伯の返事を待たずに切られた。
 佐伯は朝刊をめくり、詩壇の掲載作品『刺のなか、土のうえ』を再読した。

ぼくは白い花びらだ。/いま刺のなかにいる。/そよ風が吹いて、ぼくを揺らしている。/でもそよ風が、/「あら、痛そうね」と助けに来ても/ぼくは散るだけだ。
わたしは赤い花びらです。/いま土のうえにいます。/太陽がわたしを照らしています。/
でも太陽が、「あら、寒そうね」と暖めてくれても/枯れるだけです。

白い花びらと赤い花びらは出会うことなく、/ともに枯れました。

 この詩の左には杉本の選評が掲載されていた。

「たとえ逆境にあろうとも、善意を拒絶する思いを作者は花びらに託している。かりそめの善意はほんの一瞬の慰めにしかならないのではないのか。花びらの運命は決まっている。それをそよ風は、太陽はどうすることもできない。ならば運命を受け入れ、自らの矜持を保ちながら、誰に甘えることなく生きてゆきたい。そんな作者の志を私はこの詩に感じた」

 佐伯は新聞を開いたまま、金子みすゞの詩集を探そうと社の資料室へ向かいかけた。団塊の世代に属する佐伯は、わからないことがあればすぐ資料室に駆けつけ、書籍をあたるという癖が抜けなかった。しかしパソコンで検索したほうが早いと思い直し、席に戻り、キーボートを「金子みすゞ」と打って検索したが、二十七万件もヒットしたため、次に『野茨の花』と打って検索した。現れた画面をスクロールすると「金子みすゞ」の名を佐伯は見出した。佐伯ははやる心を抑えてクリックした。すると、次の詩が映し出された。

白い花びら/刺のなか、/「おうお、痛かろ。」/そよ風が、/駈けてたすけに/行ったらば、ほろり、ほろりと/散りました。
白い花びら/土の上、/「おうお、寒かろ。」/お日さまが、/そっと、照らして/ぬくめたら、茶いろになって/枯れました。

------あちゃぁ。
佐伯は思わず、声を上げそうになった。
朝刊の詩壇の欄には「T大学文学部三年生 木島さやか」と作者名が記されてあった。T大学は県内で唯一の国立総合大学である。佐伯は「木島さやか」の名に視線を落としながら、杉本の柔和な笑みを思い浮かべた。

       2 
佐伯は文化部員で詩壇担当の友池を会議室に呼び、事情を説明した。
友池は木島の作品と佐伯がプリントアウトして手渡したみすゞの詩を何度も見比べ、
「間違いなく、盗作ですね」
 と、断じた。
「この作者の詩をうちが載せたのは初めてかい?」
「たぶん、そうだと思います。投稿された詩はすべて私が眼を通し、それからあまりにお粗末なもの、公序良俗に反するもの、それと明らかにパクリと思われるものを除いて、杉本先生へお渡ししていますが、この作品はまったく気付きませんでした。すみません、部長」
友池は深々と頭を下げた。 
「いや、過ぎたことはしょうがない。それより、今後どうするかだが、杉本先生は私が当たるから、その前にきみはこの作者の木島さんに会いに行ってくれ」
「会って、どうしたらいいですか」
 頭をおもむろにあげて、友池がたずねた。
「まず、盗作を認めてほしい。それから、どういうつもりで盗作したのかと、謝罪のコメントをもらって来てほしい。それを持って私が杉本先生にお詫びに伺い、それから編集局と相談し、社として謝罪広告を出したいと思っている」
「-------わかりました。T大文学部の斎藤教授とは親しくさせていただいていますから、斎藤教授から話を通せば、木島さんへ会うのは問題ないでしょう。すぐ当たります」
友池はプリントアウトされたみすゞの詩を握り締め、佐伯を残して慌ただしく会議室を出て行った。

「どうぞ」
 斎藤研究室のドアをノックする音に、主(あるじ)の斎藤ではなく、さやかを待ち構えていた友池がつい応えてしまった。
 ドアが開き、黒髪を肩まで垂らした女性がおずおずと部屋へ入って来た。
「木島さやかさん、ですね」
-------いまどきの若い女性に特有のけばけばしさが、少しも感じられないな。
友池は抱いた好印象を表情に出すことなく、立ち上がってたずねた。
友池は三十代前半で、そろそろ結婚を考えていた。しかし、特に決まった相手はいなかったが、アゲハ嬢と呼ばれるような、今ふうの派手な若い女性が苦手だった。
「------はい」
さやかがかすかに聞き取れる声で応えた。友池はさやかへ名刺を渡し、椅子にすわるように促した。
「じゃ、私はちょっと席をはずすから-------」
 斎藤が立ち上がり、部屋を出て行った。それはあらかじめ斎藤と友池のあいだで打ち合わせが出来ていたようなタイミングだった。
 斎藤を見送った友池が口を開いた。
「木島さんは、金子みすゞという詩人は知っていますか」
「はい。たしか、みんなちがって、みんないいという詩を書いた女性ですよね。『私と小鳥と鈴と』、だったと思いますが------」
「そうです。じゃ、金子みすゞの『野茨の花』という詩は知っていますか」
一点の動揺も見逃すまいと、友池は木島の顔を凝視した。
「いいえ、知りません。でも、どうしてそんなことをお訊きになるんですか。わたしはただ、斎藤先生からT新聞に載せてもらった詩のことで聞きたいことがあると言われたので、来ただけなんですけど------」
「そうですか------」
-------知らない?
 友池は目の前の女性が嘘をついているのかもしれないと疑い、彼女に向ける視線が思わず険しくなった。だが、それでは彼女の心を開くことはできないと思いを改め、作り笑みを浮かべて、雑談を始めることにした。
「詩はいくつから書いてるんですか」
「高校三年のころ、受験勉強の合間に書き始めました」
「好きな詩人は?」
「中原中也です。中也の『サーカス』が大好きです」
「ゆあ~ん、ゆよ~ん、ゆやゆよ~ん、ですね」
「はい、そうです。さすがによくご存知ですね」
 さやかがかすかに微笑んだ。
友池も微笑みを返し、さらに声穏やかにたずねた。
「うちの新聞に詩を投稿してくれたのは初めてですか」
「はい」
「投稿しようと思ったきっかけは?」
「わたし、ブログにも詩を載せていますが、読んでくれる人が少ないので、新聞に載ったら、たくさんの人に読んでもらえると思ったんです」
「そうですか。ところで、大学では何を勉強してるんですか」
「国文学です。いま落窪物語を読んでいます。将来は国語の教師になりたいと思っています」
 落窪物語は継子いじめの物語である。さやかが高校三年の時に母が病死したが、父はさやかの大学合格を待って、かつての不倫相手と再婚した。さやかは父を許せず、新しい母に心を開くこともなかった。さやかが詩を書き始めたのは母の死がきっかけであり、落窪物語に関心を抱いたのは、この物語に登場する継母にいじめられる姫に、さやかが自分を重ねたからだった。
またさやかは父親からの援助をできるだけ受けたくなくないと考え、塾の国語講師のアルバイトにいそしみ、将来は完全に自活すべく、安定した教師の職を志望していた。
「そぅ」
友池はさやかがせっかく出した、自分の境遇を語るヒントに気付かず、短く答えた。
「あのぉ------」
 友池の質問が途切れたのを待って、さやかが声をかけた。
「何?」
「はい。今日はどういうご用件で、こちらに来られたんでしょうか。さっき金子みすゞのことを訊かれたけど、それと私の載せていただいた詩と何か関係があるんでしょうか」
 不審な面持ちを隠そうとせず、さやかがたずねた。
------そろそろいいか。 
「実は------、これを読んでください」
 友池はさやかにみすゞの『野茨の花』の詩を見せた。
 さやかは受け取った詩を黙読した。その様子を友池はひたすら凝視した。
「どうです? あなたの書いた詩と似ていると思いませんか」
「そうですね。とても似てますね」
視線を友池へ向けたさやかが、緊張の面持ちで応えた。
「実は似てるんじゃなく、あなたはこのみすゞの詩をもとにして詩を書いたんじゃないかと、疑っている人がいます」
 さやかの顔がこわばった。
「違います。わたしはこの詩を読むのは今日が初めてです。似てるとしたら、まったくの偶然です」
「-------本当ですか」
「本当です。信じてください。わたし、他人の詩を写して詩を書いたことなんか、一度もありません。本当です」
 さやかの眼は潤んでいた。いまにも涙があふれ落ちそうだった。
「そうですか、わかりました」
-------何がわかったのだろうか?
 友池はその思いを抱いたものの、さやかの勢いに押され、それ以上に問いただすことも、「盗作」というフレーズを口にすることもできなかった。

       3
「偶然?」
「はい、まったくの偶然だと-----」
 新聞社に戻り、友池は佐伯へ、さやかが盗作を否定していると報告した。
「偶然で、あそこまで似るとは、とても思えんがなぁ」
 佐伯は首を傾げた。
「社に戻って、木島さんから教えてもらったブログを開いてみたんですが、魅力的な詩がいくつも載っていて、彼女は才能があると感じました」
「だからって、あの作品が盗作じゃないっていう証拠にはならんだろ」
「それはま、そうですが------」
友池はあとはただ黙って、佐伯の次の言葉を待った。
「しかし、作者が盗作を認めるにしろ、認めないにしろ、殿岡さんが騒ぎ出す前に、杉本先生には一度ご報告に行かねばならんだろ。そうは思わんか」
「えぇ、まぁ」
「変にほっとくと、殿岡さんがこれをネタに詩人協会で内紛を起こし、杉本おろしを始めるかもしれん。ま、協会のトップが誰にかわろうとうちは構わんが、あの人は過激だから、うちの不買運動をやらかすなり、よその新聞にうちのこと悪く書かれるのは困る。だから何はともあれ、杉本先生に挨拶に行こう。すぐ、先生とアポを取ってくれ」
「はい、わかりました」
 友池は踵(きびす)を返して、部長席を離れようとした。その背に向かって、佐伯が言葉をかけた。
「あぁ、言わんでもわかってるだろうが、きみも私と一緒に先生のとこに行くんだよ。そのつもりでアポを取ってくれ」
 振り向いた友池は、不満な面持ちを表したが、すぐにそれを引っ込め、
「はい、わかりました」
 と、声小さく応じた。

「どうぞ」
 応接間に案内された二人に、杉本夫人が佐伯にはレモンティーを、友池にはコーヒーを差し出した。佐伯は若い頃、胃弱にかかり、それ以来、コーヒーを控えている。それを知っている杉本夫人は、佐伯が杉本家を訪問するのはほぼ一年ぶりなのに、何も聞かずに黙ってレモンティーを出してくれた。佐伯は杉本夫人の心配りが何より嬉しかった。
「や、どうも、お待たせしました」
 ほどなくして、自宅なのにネクタイを締めた杉本が現れた。二人は立ち上がった。
「先生、お忙しいところ、すみません」
 二人が深々と頭を下げた。
「いやいや、毎日、暇を持て余して困っています。さ、さ、どうぞおかけください」
 促され、ソファに腰を浅くおろした佐伯が、身を乗り出してすぐさま語りだした。
「お電話で友池が申し上げたかと思いますが、先生に選んでいた詩に盗作疑惑が持ち上がっています。それで今後どのように対処したら良いか、今日は先生のご意見をお伺いしたいと思って参りました」
「------その件ですが、友池さんからお電話をいただいて、私もすぐ金子みすゞの詩を調べてみたんですが、実にそっくりで、盗作と言われてもやむをえないんじゃないかと感じました」
「先生にまでご迷惑をおかけして、お詫びの言葉もありません」
 佐伯はまたも深々と頭を下げた。友池があわてて佐伯に倣った。
「ま、ま、頭を上げてください。それより、作者の女子大生は何と言ってるんですか」
 杉本が佐伯にたずねた。頭を上げた佐伯は友池へ視線を向けた。友池が頭を上げて答えた。
「はい。金子みすゞの詩を作者にも見せたんですが、読むのは初めてだと。------似たのはまったくの偶然だと主張しています」
「偶然ねぇ」
 杉本は首を傾げたが、佐伯に向き直り、さらにたずねた。
「ところで、あの作品がみすゞの詩に似ていると、どうしてわかったんですか」
「読者から、指摘の電話がありました」
「それまで、T新聞ではわからなかったのですね」
「はい、------お恥ずかしい話ですが」
 佐伯は身を縮めた。
「それで、電話をかけてきた読者は県詩人協会の会員ですか」
 杉本の眼の奥が光ったように佐伯には見えた。
「はい、そうです」
 佐伯はやむなく、肯定した。
「誰です、それは?」
 杉本がすかさずたずねた。佐伯はためらいつつも答えた。
「------殿岡副会長です」
「殿岡さんねぇ」
 杉本はそう言ったきり、しばらく黙り込んだ。三人の間に沈黙が続いたが、再び杉本が口を開いた。
「作者の女子大生は盗作を否定している。じゃ、その話を信じましょう。もし盗作じゃなかったら、前途ある若者に傷がつく。新聞社も盗作を見抜けなかったのかと、読者から責められるでしょう。いや、おたくだけじゃない。それはあの作品を選んで、あんな選評を載せた私も同じだ。みんな信用を落とし、誰ひとり得にならない。喜ぶのは殿岡さんだけだ。ここはお互いの権威と信用を守るため、盗作はなかったと告知するのが、『大人の対処』だと思うが、佐伯部長はいかが思われますか」
「しかしそれじゃ、殿岡さんが納得しないんじゃないでしょうか」
「じゃ、殿岡さんにはこう言えばいい。あの詩の作者の女子大生は金子みすゞに匹敵するほどの才能を持っている。だからみすゞと同じ発想で詩を書いたんだと。このT県から、みすゞのような瑞々(みずみず)しい感性を持った女性が現れたことは実に喜ばしい。それとも、殿岡さんは難癖を付けて、あたら若き才能の芽を摘み取るつもりですか、とね」
 言い終えた杉本の唇の端がかすかに歪んで見えた。それは佐伯が苦手とする殿岡と同じように、佐伯には見えた。

        4
 社に戻った佐伯は翌々週の文芸欄「詩壇」の一角に下記の社告が掲載されるよう、編集局へ稟議を上げた。

『社告』
 先般、弊紙「詩壇」に掲載した投稿作品が、読者より金子みすゞの詩に酷似しており、盗作ではないかと指摘がありました。弊紙で鋭意調査した結果、似通った部分は全くの偶然であり、盗作は一切なかったと判明したので、ここに告知します。

だが稟議はすぐに決済されず、佐伯は上司である取締役編集局長の今村から呼び出しを受け、事情説明を求められた。今村は佐伯より四年後輩だが、報道部長を経て、昨年の人事で編集局長へ昇進していた。
 佐伯は友池が作者に会って、盗作したという印象を抱かなかったこと、さらに自分が杉本に会い、盗作ではないと処理するのがベターであろうという意見を杉本が持っていることを、今村へ伝えた。
 佐伯の説明が一通り終わるのを待って、今村がおもむろに口を開いた。
「いま部長からご説明いただいた点は、すべて稟議書に添付された理由書に書かれておられますので、私がお聞きしたかったのは、そんなことではありません。反響です。盗作ではなかったと社告を出すことの反響です。その点を佐伯部長はどうお考えですか」
 今村が先輩に敬意を表してか、ことさら丁寧な口調でたずねた。
「反響とおっしゃいますと------」
 佐伯は今村の予期しなかった質問にたじろぎ、口を閉ざした。今村はかまわず続けた。
「私も金子みすゞの『野茨の花』という詩と、あの詩を読み比べてみたが、とても似すぎていて、盗作じゃなかったと社告を出すのは、賛成できません。それにそんな社告を出せば、もし盗作だと判明した場合に取り返しのつかないことになります。そのへんを部長はどうお考えですか」
「はい。その点につきましては、心配ありません。盗作だと指摘した殿岡さんへは友池が会い、盗作ではなかったと、わが社で処理することの了解をすでに得ています」
 佐伯が自信を持って応えた。佐伯は殿岡と会った友池から、「盗作か、そうじゃないかは、結局は作者が認めるかどうかによるでしょう。作者が盗作じゃないと断固主張するのなら、それ以上の追及はできんでしょうな」と殿岡が語ったとの報告を受け、稟議を上げた。
「じゃあ、殿岡さんはいいとしても、花房女史へは話を通していますか」
「花房先生------」
 佐伯は思いもよらなかった名を聞かされて、戸惑いを隠せなかった。花房はT大学在学中に中央の出版社が主催する新人賞を受賞し、卒業後は上京して執筆にいそしみ、T県出身で二人目の芥川賞を受賞した。しかし大学の同級生との結婚を機に帰郷し、現在はT新聞に連載小説を載せるかたわら、T新聞と同系列のテレビ局で夕方に放送される地域情報番組に、コメンテーターとして出演するなど、T県では知らない人がいない小説家だった。
「そうです。倫審(りんしん)で花房女史がこの問題に触れたら、編集委員はどう返答したらよいと、佐伯部長はお考えですか」
 今村の口調は変わらず穏やかだったが、その口調が冷たく響くのを、佐伯は聞き逃さなかった。
 倫審は報道倫理審査委員会の略称である。審査委員は県内在住の大学教授・弁護士・医師・文化人の四者から一名ずつT新聞が選任する。審査委員へはT新聞の報道内容について倫理面からの審査を依頼し、年三回、T新聞の特別会議室で開く委員会にて意見を拝聴する。この委員会にT新聞側は論説委員・編集委員だけでなく、社長・副社長・専務・常務といった経営陣も出席し、司会は編集局長の今村が務めていた。
 委員会ではもっぱら被害者の実名報道の是非など人権上の問題や、社説の論調についての意見が審査委員から提出されたが、文化面の記事に関して言及されることはこれまでまったく無かった。
 また、審査委員の任期は三年で、ほとんどが一期で交代するが、花房は本人の希望により、三期連続して務めていた。
 佐伯が黙りこくったままなので、しびれを切らした今村が口を開いた。
「花房女史はたしか殿岡さんの同人誌に詩を載せて、きみは才能があるから、小説を書いてみたらと殿岡さんに勧められたのが作家になったきっかけだと聞いています。間違いありませんか」
「------そうです」
佐伯は力なく応じた。
「あの先生は何でも口を出さずにはいられない人です。この問題を殿岡さんから聞いて、倫審で質問する可能性は充分に考えられます。そのためには、わざわざ寝た子を起こすような社告を出すのは、見合わせたほうがいいんじゃないでしょうか」
 今村が佐伯へ意見を求めた。だがその口調には、なぜこんなわかりきったことを自分に言わせるのだという憤(いきどお)りと、佐伯に対して、だからあなたはせいぜい部長どまりなのだという侮蔑のようなものが混じっているように、佐伯は感じた。
「わかりました。稟議を取り下げます。お騒がせしてすみませんでした」
 佐伯はかすかに聞き取れるほどの声で今村へ告げ、頭(こうべ)を垂れた。
「ああ、それから、『T新聞を読んで』ですが、これへの対応については編集局に一任させてください。よろしいですね」
 頭を上げた佐伯は今村の発言の真意を探ろうと、その表情を見つめた。
『T新聞を読んで』は、一般の読者がT新聞を読んでの感想や、T新聞への意見を寄稿した記事である。しかし、その投稿者はすべてT新聞編集局が選出して寄稿を依頼し、またその内容はT新聞が検閲を行っていた。
報道倫理審査委員会も『T新聞を読んで』も、T新聞が「開かれた新聞」であると読者に印象づけるためのカモフラージュに過ぎなかった。
 今村の眼は、この盗作に関しての投稿がもしあればボツにするし、そもそもそんなことを書きそうな読者へ寄稿を依頼することはないと語っているように、佐伯は感じた。
「おまかせします」
 佐伯は虚脱の思いを抱いたまま、いま一度、頭を下げた。

 やがて時が経過し、佐伯も友池も今村も、そして殿岡も杉本も、木島さやかの作品が金子みすゞの詩の盗作ではないだろうかと疑ったすべての人々が、この問題を忘れた。花房が倫審でこの問題に触れることもなかった。
 だが、作者の木島さやかは、忘れることができなかった。さやかは詩を書くのをやめ、大学卒業後に、国語教師の職に就いた。(了)
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