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大相撲大阪場所中止に物申す

 一連の八百長メールの発覚を契機として、日本相撲協会理事会が三月の大阪場所の中止を決定した。去年の六月の野球賭博に関して、私は名古屋場所を「延期」せよと、去年の6月22日にこのブログに書いたが、今回も中止ではなく、五月の東京場所を中止して、大阪場所を五月に開くという方法はなかったのかと思う。大阪はそれでなくてもなくても景気が低迷しているので、この中止決定は大打撃であろう。機を見るのに敏で、パフォ-マンスの得意な橋下知事が、相撲協会に中止ではなく、延期を申し入れていたら、やはり中止という決定は覆らなかったかもしれないが、彼の支持率は上がったであろう。
 さて、この八百長問題だが、極論めくが、「それほど騒ぐほどのことだろうか」というのが、私の見解である。たとえば本場所ではなく、巡業について考えてもらいたい。ケガして本場所に出場できなくなるのはいやだから、巡業でガチンコ勝負をしている力士は皆無であろう。また人情相撲・無気力相撲という言葉があることからわかるように、いわば「暗黙の了解」で力士が勝ち負けを融通していることは、7勝7敗で千秋楽を迎えた力士がほとんど勝ち越すことや、何度もカド番を迎えながら、そのたびに勝ち越す大関がいることから、いわば「阿吽の呼吸」で勝敗が決することが、角界の「美風」であるように思える。誰かひとりが大きく損をしないように、皆で助け合うといういわば「互助会」的な連帯意識が、相撲界の特色であり、また日本人の美質だと考えれば、まるで鬼の首でも取ったように、「八百長、八百長」と騒ぐマスコミの姿勢には疑問に感じる。むしろ最初の会見で、「過去に一度もなかった問題」と大見得を切り、また「春場所の開催までにはなんとかカタを付けたい」と大甘な見解を述べた放駒理事長の脇の甘さを問題視したい。
 思うに相撲は、スポーツではない。また公営ギャンブルのような賭博の対称でもない。「興行」である。「神事」である。勝ち負けがすべてではない。だから朝青龍は品格に欠けると批難されたんじゃなかったんだろうか。
「相撲ファンを裏切った」と同理事長は述べたが、相撲ファンはうすうすそういうことが行われていると感じながら、あえて「公然の秘密」として口にしないのが、「良識」だったように思える。だからわざわざ告発の記者会見をした板井氏の存在を知り、また週刊現代に書き立てられ、たとえ裁判で勝訴しても、ほとんどの人は今回のことを「意外」とは、これぽっちも思っていないだろう。
 八百長より問題なのは、野球賭博であり、大麻であり、新弟子暴行死事件である。八百長がどんな犯罪に相当するのか私は知らないが、後者はいずれも刑事事件であり、犯罪である。「八百長は土俵の中の話だから、大問題だ」と述べている相撲ジャーナリストがいたが、見当違いもはなはだしい。巡業ではなれあい相撲を取りながら、本場所はすべて真剣勝負ができるはずがない。それをみな知っていたはずである。
 今回はメールとして明白な記録が残っていたため、三人が関与を認めたが、他の力士は前回の正直に白状して引退に追い込まれた琴光喜の例があるので、誰もがシラを切りとおすであろう。そのため調査委員会の調査はかなり難航することは充分に予測される。またいま名前が挙がっている十四名以外にも八百長に関与した力士がぞろぞろと発覚するようなら、公益法人の返上どころか、もう永遠に本場所は開けなくなってしまうかもしれない。しかしそもそも再三、八百長疑惑が報じられたことからわかるように、八百長を根絶することは不可能と思える。
 そこで今後の相撲協会が取るべき道は二つしかないと思う。一つは「八百長も少しはあるけど、ほとんどはガチンコです」と居直って表明し、プロレスのように株式会社として存続する方法。もう一つは相撲を公営ギャンブルの騎手や競艇選手ように、本場所中の力士を缶詰にして、誰とも接触できないように管理する方法である。しかし競馬や競艇は一日の開催だが、本場所は十五日間だから、缶詰にするのはかなり困難を伴うだろうが、しかしそれだけのことをしないと、まず八百長を根絶するのは無理なのではないだろうか。
 私としてはそんな窮屈な相撲より、「これはどう見ても八百長、おっと、これはガチンコだ」と憶測を飛ばしながら、相撲を今後も愉しみたいと思っている。
 
 
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