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NHK歴史秘話「愛と悲しみのこだまでしょうか-大正の詩人・金子みすゞの秘密」

 この番組はほとんど観ない。歴史番組は好きで、同じNHKで、これ以前の「その時、歴史が動いた」や「歴史への招待(だったと思う)」はよく観ていたが、このヒストリアになってからさっぱり観なくなった。理由は質がおそろしく低下したように思えたからである。この第一回は「頼朝と政子の恋物語」だったが、その史実を超越したあまりの低俗さ、よくいえばエンタメぶりに驚き、それ以来、ほとんど観ることがなくなってしまった。
 しかし、金子みすゞを扱うとなれば、話は別である。昨夜、じっくり観た。録画もした。しかしその印象は、AC広告の「こだまでしょうか」の便乗番組に過ぎないなというものであった。どこがどう「秘密」なのか、通説となってしまった、娘を夫に渡さないのがみすずの自殺の理由だとする、この理由づけには、私はやや疑問を持っているが、それはともかく、この通説が「秘密」がなのか、それともみすゞが世に知られるきっかけが「秘密」なのか。さっぱり理解できなかった。
 疑問点は他にもある。みすゞの結婚式の写真で夫の宮本啓喜にはボカシが入れられていたが、これは夫を「悪者」にすることへの、NHKの人権的な配慮からだろうか。またみすゞは夫に詩作を禁じられたとあったが、みすゞが夫から禁じられたのは「詩の投稿」と「詩人仲間との文通」のはずである。そのへんが曖昧にされているし、またみすゞが詩作をやめたのは「巻末手記」の最後に「明日よりは何を書こうぞ、さみしさよ」とあることからわかるように、みすゞ自身の意思である。みすゞは夫から言われて詩を辞めるような、そんなヤワな女性ではない。
 また「こだまでしょうか」は「夫ともう一度やり直したい」というみすゞの思いの発露であるといった内容があったが、これは大いに疑問である。みすゞが夫に「遊ぼう」というだろうか、「ごめんね」と言えば、夫が「ごめんね」と言ってくれると期待しただろうか。実に釈然としない。やはりあの詩はAC広告の映像のように、少年少女を念頭に置いて書いたと考えるのが自然だろう。それをみすゞの不幸な人生とこの詩をこじつけ、そしてタイトルにも使いたいがために、無理やりその流れで押し切ったように思えて、実に不可解であった。
 またみすゞの手帳は弟に託されたとあったが、正確には二部あり、同居していた母親に託された後、その一部が私淑する西條八十へ、もう一部が弟の正佑が出版先を探すという理由で母から託されたはずである。そのへんのことも、NHKは正確に放映してほしかった。
 みすゞに関しては映画、TVドラマ、ドキュメンタリー(NHKの「いのちの王国」や日本テレビの「知ってるつもり」)などのメディアですでに語りつくされているように、私には思える。だから新たに放映し、しかも「秘密」などと思わせぶりなタイトルを打ち出すからには、何か斬新な内容を放映してくれるかと期待したが、「この程度」の番組しか作れないところに、私はNHKの「劣化」を垣間見た思いだった。
 みすゞはなぜ仙崎から下関に移り住んだのか、なぜ詩を書き始めたのか等々、いくらでも考察を加える視点はあったはずである。それをみすゞをお涙頂戴的な、「悲劇の主人公」として描くだけでは、みすゞにもみすゞの詩の真価にも近づくのは容易ではあるまい。実に残念な番組だったが、みすゞを演じた女優がかなりいい雰囲気を出していたのが、せめてもの救いだったように思える。 
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