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TPP交渉参加についての朝日と中国新聞の違い

 野田首相が一日だけ「熟慮」し、記者会見を一日遅らせ、昨晩「TPP交渉参加に向けて、関係国と協議に入る」と表明した。この文章は首相補佐官という役職の、東大出身のペーパーテストに強い官僚の作製したものだろうが、日本語の曖昧さという美点を熟知した、実に「うまい」表現だと感心し、そしてあきれた。例えば、このTPP交渉参加を「結婚」に置き換えて考えてほしい。「結婚に向けて、あなたと話し合いに入りたい」とあなたがプロポーズされたら、あなたはどう返事しますか? 「はぁ? あんた、ほんまにうちと結婚する気あんの? 話し合いがうまくいかんかったら、途中でやめやと言うつもりやないん」と関西の女性ならキレて、答えるかもしれない。
 もし首相の表明のような文章が国語の入試問題で出され、この部分に込められた筆者の主張を読み解けという設問があったら、「協議には入るが、参加するかどうかは関係国との交渉次第である」が正解である。だから、この表明=交渉参加「決定」と判断するのは読解力不足である。この表現に対して、中国新聞は、「表現 解釈余地残す/「あいまい」批判の恐れ」と、この表明のレトリック(修辞法)を看破しているが、朝日新聞は「表現 反対派に配慮」と書き、この表明によって「民主反対派いったん軟化」と、この表現はあくまで反対派を離党させないための方便に過ぎず、参加するのはあくまで決定であるという論調で、読解力不足を露呈している。あるいは理解した上で、あえてそのあいまいさには触れていないのかもしれない。
 とまれ、この「あいまい」な表現は日本語の特徴だから、APEC会場では通用しないだろう。参加するのか、しないのかの決断を迫れ、「YES」と圧力に負けて返事するか、あるいは「日本へ持ち帰り、改めて返事する」と答えて、世界の失笑を買うかのいずれであろう。
 私は朝日新聞と中国新聞を併読している。理由は広島(特にカープ)のことは中国新聞が詳しいが、やはり地方新聞は国内・国際の記事をどうしても共同などの通信社に頼ることが多いからである。また朝日新聞は入試問題によく引用されるのも、購読している理由である。
 しかし二紙を購読していると、いろいろと面白いことがある。今回のTPP参加については、朝日は賛成、中国は慎重・反対の立場を貫いている。朝日は社説で「何もかも、これからだ」と題し、「首相の方針そのものは、良かったと評価する」と述べ、さらに「開国フォーラム」を再開してはどうかとまで提案して推進の立場を見せるのに対して、中国は「国民置き去りの判断だ」と題し、「判断は拙速というほかはない」と批判して、「本来なら、国民に信を問うてもいいはずだ」と、慎重な姿勢を崩さない。
 また朝日は交渉参加のメリット・デメリットのトップに「物品の市場輸入」を掲げ、メリットは「安い輸入農作物が食卓に。輸出産業がうるおう」、デメリットは「農家の所得補償で多額の税金投入」と書いているのに対し、中国はメリットという項目は置かず、「主な懸念」の筆頭に「農林水産業」をあげ、「コメなどの農産品の関税撤廃などで、国内の農林水産業に壊滅的な打撃も」と載せている。これはまさに「都市生活者」を主な読者とする朝日と、「地域密着型」の視点から読者に訴えかけようとする中国との違いを象徴しているように思える。しかし、懸念だけを載せて利点について触れない中国は「片手落ち」だと思うが、逆に食料自給率が下がることも、農業が衰退することはすでに織り込み済みなのか「多額の税金を投入(すなわち補償という名のカネのばらまき)が問題である」という朝日の記事はあまりに農家の感情を逆撫でするものではあるまいか。カネが欲しくて、JAや農家はTPP参加に反対しているとは、私には到底思えない。同じニュースでも、新聞によってこれほど論調や記事が異なるのは珍しいが、一社の新聞だけ読んでいる人は、「新聞は世論を操作、誘導できる」という点に留意すべきである。共同通信社の世論調査によれば、TPP参加については賛成30%、反対30%、わからない40%だそうである。賛否両論と新聞は書くが、実は最も多いのが、「わからない」の40%である。それだけに朝日の愛読者は賛成に流れ、中国などの地方紙の愛読者は反対に流れるだろう。それが新聞の恐ろしいところであると、考える。
 TPP参加で日本は「開国」どころか、アメリカの属国以下になり、五十何番目の州まで成り下がる、「亡国」の道をたどる契機となる危険性を孕んでいると、私は考えている。それだけに朝日新聞のような「東京」の論調に戸惑わされず、中国新聞のような「地方」の論調を、しっかり拝読したいと考えている。

追記:中国新聞によれば、あいまいな表現に落ち着いたのは、輿石幹事長の意向が大きく働いた結果らしい。彼は元小学校教諭で、日教組の幹部だったと記憶するが、彼の「国語力」はたいしたものだと感心した。「「国語力」もまた「政治力」の一つであると、そんな教訓を今回の表明から私は学んだ。

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