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理想の国語入試問題は「日本語」のリスニングである。

 入試でリスニングといえば、誰しも「あぁ、英語のね」と思うであろう。しかし最近、公立高校入試で「日本語」のリスニング試験が広まりつつあることをご存知だろうか? それについてはまず、これを読んでいただきたい。
 この取り組みは高校入試だけではなく、本年度の久留米大学附設中の入学試験でも実施されたように、今後かなり広がるのではなかろうかと、私は予測している。その理由は二つある。一つはすでに「英語」の試験にてリスニングを実施しているので、ハード面が整っていること。そしてもう一つの理由、実はこれが本当の大きな理由だと思われるが、子どもの「聞く力」がいま極端に衰えているからである。この事は私も塾で教えていて、痛感する。
  私はいま子どもたちに教えていて、子どもたちが「わかったような顔」をするけど、実はぜんぜんわかっていないということを体感している。子どもは大人に気を遣うのか、あるいは自分は頭が悪いと認めたくないのか、それとも「こんな簡単な問題がどうしてできないんだ?」と言われること(これは口にしてはいけないかもしれないが、つい口に出てしまう)はプライドを傷つけられるのか、その理由はさまざまだろうが、わからなくてもわかったふりをするということが、最近ようやくわかってきた。
 なぜわからないのか、その理由はこちらの教えた方にも問題があるのかもしれないが、実は子どもたちにも「聞く力」がかなり衰えてしまったからではなかろうかと考えている。だから、以前は宿題は問題集の何ページから何ページまで口頭で伝えていただけだったが、最近は必ずページに印を付けさせ、それを私がチェックしてから帰すようにしている。子どもたちは宿題をやってこないと、「聞いてません」と言い訳するからである。
 こっちは日本人で、子どもたちも日本人だから、日本語で話せばわかると思うのはどうやら「美しい誤解」で、相手に聞く「態勢」がないと、すべては徒労に終わるらしいことを、私は子どもたちから学んだ。
 国語のテストの場合も、一般に出題者も日本人、受験生も日本人という想定で行われるから、日本語の文章を「これをきみは読んで解るかい?」という想定で、長文読解問題が作られる。しかし受験生の「読解力」の低下は著しいので、これに欠ける生徒はいきおい指示語は傍線部の前を探せ、キーワードに線を引け、接続詞を丸で囲め、選択式は消去法で考えろ、記述式は主語と述語を明確に書けといった「受験テクニック」に走り、これを身に付けて何とか高得点をたたき出そうとする。もちろん入試の目的は合格だから、それをとやかく言うつもりはない。
 しかし、そもそも読書量が絶対的に不足する受験生がこのテクニックだけで合格を勝ち得たとしても、進学後に授業について行けず、落ちこぼれたという話はよく耳にする。その理由は読解力に加えて「聞く力」も劣っているからであると、考える。
 そこでこのリスニング試験だが、この方法は子どもたちの聞く力だけでなく、彼らが進学後に「授業」を受け、学ぶための最善の方法ではないかと思っている。なぜなら、子どもたちは教科書を「読んで」学ぶより、授業を「聞いて」学ぶことが多いと、考えるからである。授業をうまくノートにまとめることのできる生徒が必ず「伸びる」ことには、誰も異論はないであろう。またそうなれば、落ちこぼれる生徒も少なくなるはずだ。
 この国語のリスニング試験がもっともっと全国的に普及し、子どもたちの「聞く力」が増すことを願ってやまない。入試に出るとなれば、その対策として子どもたちは授業にもっと身を入れ、真剣に耳を傾け、何とかその内容を理解するようになるだろう。それはまさに「願ったり、叶ったり」である。
 このリスニングと文章の要約、そして小論文または作文との併用が、国語の入試問題の理想ではないかと、私は思う。現在、一般に行われている論説文や小説などの物語文の一部だけを切り取り、しかも傍線を引いたり、穴を空けたりして、あれこれ設問を加えるようなスタイルが、子どもたちの「国語力」を本当に採点し、伸ばすことになるとは、到底思えない。
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