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結婚は打算と妥協と惰性である。

 ラサール石井が34歳も年下の24歳の女性と再婚するそうだ。彼よりやや年下の私としては、つくづく羨ましく思う。加藤茶・堺正章などもかなり年下の女性と再婚したが、彼らが再婚できたのはやはり「財力」のおかげだろうと思うのは、私のやっかみだろうか。しょぼくれて、先の見えた、加齢臭たっぷりの中高年男性がモテルとは、私を顧みても、周囲を見渡しても、とても思えない。
 ところで結婚とは何かと問われたら、韻を踏んで「打算」「妥協」「惰性」であると私は答えたい。いくら愛を信じても、やはり「打算」のない結婚はありえないだろう。ただ往々にして外れることが多いが。また「妥協」なくして結婚はできまい。「玉の輿」などといい気になって、身の丈にあわない結婚生活を始めてしまったら、苦労の連続ではないだろうか。やはり「割れ鍋に綴じ蓋」は格言だと思う。そして結婚生活の継続は「惰性」によってのみ成立する。平たくいえば「我慢」と「あきらめ」である。
 と、若くからここまで達観できていれば私ももう少しマシな云々と、書こうかと思ったが、わが女房の目に触れて犬も食わない結果を引き起こしそうなので、それはやめておこう。
 
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