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TBSドラマ「金子みすゞ物語」の嘘

 矢崎節夫氏監修・JULA出版局協力(私はこの人たちを「みすゞ屋さん」と呼んでいる)によるこの番組を観て、実在した人物を主人公としたドラマでは、どこまでフィクションが許されるのかについて考えた。この番組のエンドロールには「このドラマは実話をもとしたフィクションです」と表記されているが、製作者サイドの明確な意図にもとづくフィクションというより、歪曲・捏造、平たく言えば「嘘」がいくつかある。そのうち、看過できない四点について言及したい。
1.弟
 みすゞをいとこだと思っていた弟がみすゞに恋心を抱いていたのは事実のようだが、ドラマでは「私の心の中には魔物が住んでいる」と祖母へ告白したように、姉のみすゞが正祐に対して恋心を抱いてとは到底考えられない。なぜならみすゞの詩集に書かれた「曲馬の小屋」「お菓子」「空の鯉」などを読むと、みすゞの彼に向けられる視線はあくまで弟に対する感情に過ぎず、とても「異性」として意識していたとは思えないからである。しかしみすゞ屋さんにとっては、みすゞが弟に対して恋心を抱いていたことにしなければならない「事情」がある。それは弟がみすゞの手帳を持っていて、矢崎氏にそれを渡したからである。これついては後述する。
2.夫
 みすゞの夫の名がこの番組では「桐原」と仮名になっていた。また熊本県人吉市の出身なのに高知の生まれと紹介され、また博多湾で心中未遂事件を起こしたが、川に入水自殺したと紹介されるなど、細かい点が「書き換え」られている。またみすゞは結婚後に夫の実家である人吉へひと月ばかり移住するのだが、この番組ではまったく触れられていない。夫はみすゞへ淋病を移すので「悪者」扱いされるが、そのための人道的配慮により仮名にしたり、もろもろの思惑により、このような扱いをしたものと推察される。ただ離婚後にみすゞが娘を育てたいと夫に懇願し、雨の中、玄関先で土下座するが、そのみすゞに対し、夫が赤い鼻緒の下駄をそっと置くシーンはとても印象に残った。夫の謝罪と後悔を象徴するようだった。しかしこのエピソードはまったくの作り話である。なぜなら、この頃みすゞの夫は下関におらず、東京にいたからである。これについても後述する。
3.西條八十
 西條八十はみすゞと下関駅のプラットホームで会ったが、この番組ではまったく登場しなかった。西條八十はこの出会いを「下関の一夜」というタイトルでみすゞの自殺後に発表しているが、英国の女流詩人クリスティーナ・ロゼッティのような才媛を想像していたが、みすゞの生活に疲れたあまりの「山だし」な姿に失望している。その夜、八十は門司へ渡るが、「その夜に飲んだ(熱燗の)酒は氷のように冷たかった」と述懐している。ただ目ばかりが「黒曜石のように輝いていた」と美化して書いたのは、死者を冒涜したくなかったからであろう。ただ矢崎氏は手帳を見せてもらえなかったからか、西條八十に含むところがあるらしく、彼に対しては冷淡であり、またあまり語ろうとせず、これまで監修したドラマでも大きく扱うことはなく、今回は登場すらさせなかった。
4.手帳
 ドラマでは手帳は弟に送られ、それを知った弟が急ぎ帰郷し、その朝、みすゞは自殺したという内容だったが、これはまったくの「出鱈目」である。みすゞの自殺は電報で東京にいた弟と元夫に知らされ、二人は別々に列車で帰郷している。
 ところで手帳だが、これは二部あり、母へ託された。だから、この手帳に書かれた詩集の中で最も登場する人物は母である。みすゞにとって母は「愛憎半ば」する存在であり、「空のかあさま」と第二詩集のタイトルにあるように、「すでに死んだ」さえ書かれている。だからみすゞは自分の詩集を「遺言」として母へ、そして敬愛する西條八十に読んでほしくて、母に託した。私は矢崎氏の言説を信じていころに、弟に託されたと思って詩論を書いたが、あの詩集の中での母の描き方に釈然としない思いを抱いていた。しかし、母に読んでほしくて詩集にまとめたと知った現在は、その疑問はすべて氷解した。
 ところでなぜ弟の手に渡ったかは、弟は文藝春秋に勤めていたから、西條八十に手帳を渡すことが可能であり、またこの詩集を出版したいと考えて、東京に持ち帰ったからである。だが結局、出版先は見つからず、戦後数十年経ってようやく世に出る。しかし週刊文春の記事によると、弟は爆発的に売れたみすゞの全集に対して、印税を受け取ることをかたくなに拒否していたそうだ。その理由は手帳が自分に宛られたものではないからだと想像するのはやぶさかではあるまい。そこに彼の「良心」を私は垣間見る思いがする。
 しかしみすず屋さんにとってはみすゞは弟に恋心を抱き、だから手帳を遺したという「ストーリー」じゃないと、もろもろの事情で困るのである。だから金子みす著作保存会という名称の「脱法団体」をJULA出版局内に作り、商標権を登録する。まったくあきれた話である。この事情は「しみじみと朗読に聞き入りたい」というサイトの「金子みすゞの詩の著作権に関する問題について」の中に詳しく述べられているので、そちらを参照していただきたい。私はこれまで彼らをみすゞ屋さんと遠慮して呼んでいたが、いまは「みすゞの敵」と呼んだほうが適切かもしれないとさえ、思っている。

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