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違憲状態は違憲ではないという日本語の不思議さ

 最高裁が一票の格差について違憲状態であると判断を下した。これは高裁で下された「違憲」という判決を下回るものだそうだ。これを知り、違憲と違憲状態はどう違うのかを考えてみた。例えばある夫婦が家庭内別居し、離婚状態にあるとしよう。しかし戸籍上はまだ離婚届を提出していなければ、離婚しているとは言えない。だから離婚状態は婚姻継続中であり、離婚していないと言える。この例から考えると、違憲状態は厳密には違憲ではないが、違憲に近い状態であると考えられる。しかしなぜ最高裁は違憲と判決を下すことができないのだろうか。それが最高裁の限界なのだろうか。私にはよく理解できない。
 ところで本日の朝日新聞の川柳欄に「状態と言うけどすでに常態化」と国会を揶揄するものがあり、思わずうなってしまった。最近は偽装を誤表示だと言い張って切り抜けようとして、かえって泥沼にはまるような者もいるが、「表現」というのはつくづく難しく、かつ奥の深いものだと感じる昨今である。
 話は変わるが、特定秘密保護法案は本当に可決されてしまうのだろうか。こんな法案が可決されてしまったら、政府が秘密の内容を「拡大解釈」し、公務員ではないけど、私のようにブログで好き勝手なことを書いている者まで、「検閲」の手が伸びるのではないかと、心配でならない。そう言えば首相の立場は「第三者」だそうだ。三権の一つ、内閣のトップが第三者であるという論理がどうして生まれ、かつそれを唱える者がいるのだろうか。昨今のニュースはどうも首を傾げることばかりで、私はついていけそうもない。
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