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金子みすゞの肖像権について

 金子みすゞの著作権を管理する金子みすゞ著作保存会に「法的根拠」はないと昨日書いたが、Wikipediaによればみすゞの詩は「二次的著作物」だとして、著作権を主張しているらしい。二次的著作物とは「翻訳・編曲・変形・翻案」さたものとあるが、みすゞの詩はこのどれにも当てはまらず、みすゞが書いた手帳を原文(旧字体・旧漢字)のまま発表したものである。たしかに全集に含まれた詩の多くはみすゞの生前中には未発表であるが、だからと言って著作権が著者の死後50年で消滅するという規定を無視し、一出版社が著作権を管理しようというのは愚挙である。
 みすゞの詩はよく作曲されて歌われるが、これは当然、その著作権は作曲者に有する。またみすゞについて書かれた書籍、たとえば拙著「詩論・金子みすゞ-その視点の謎」などの著作権は、当然ながら私にあると考える。この作曲や拙著こそ、まさに二次的著作物である。しかし、みすゞの肖像権となれば話は別であろう。みすゞの写真を発掘した矢崎氏に敬意を表すべく、金子みすゞ著作保存会の許可を得るべきだと考える。みすゞの写真は何枚か現存している。そのうち高等女学校在学中の写真、見合い用に撮ったと思われる写真(これがもっとも流布している)、弟と一緒に映った写真、自殺の前日に撮った写真がおもな4枚である。私は拙著にみすゞの写真を使わせていただきたいと考え、JULA出版局の大村氏へ電話を入れたが、断られた。それからみすゞの年譜を掲載することも断られた。大村氏には拙稿を送り、拙稿を途中まで読んでいただいていたが、その上での判断である。拙稿をJULA出版局での出版を打診したが、「こんな本が出たら、みすゞファンが傷つく。出版はしないでほしい」という手紙とともに返送された。憲法で保証された言論・出版の自由を「出版人」たる大村氏はどう考えているのだろうかと、その手紙を読んで、私は疑問に感じた。
 写真の話に戻ろう。みすゞ関連本をよく読まれるかたはJULA出版局以外の書籍に、みすゞの写真じゃなく、「似顔絵」が掲載されていることに疑問に感じられたことはないだろうか。その理由は金子みすゞ著作保存会が許可しなかったからである。そこで私もみすゞの似顔絵を描こうとしたが、筆拙く、どうしても似せて描くことができなかったので、花の絵を描くことにした。それがこのブログの右に載せたデッサンである。コスモスにしたのは、矢崎氏が「みすゞコスモス」という著作を出版していたからではない。たまたまその時期に川辺で無数に咲いていたからである。
 拙著は関係者(迷惑がかかるので名前は出さない)と覚書を交わし、長門市の二箇所(場所も同じ理由で明記しない)で販売していたが、金子みすゞ著作保存会の圧力により、販売は中止に追い込まれた。拙著が大量に返送された際に、すでには販売済み分の委託手数料を、その関係者が受け取らないことで、せめてものお詫びとしたいと記されてあった。
 著作権を出版社で管理させ、自分たちの意向に沿うべく口出しした後で許可を与え、意向に沿わない者へは販売を妨害し、舞台を上演させない。とても「みんなちがって、みんないい」を信奉する者の行為とは思えない。そのへんをお会いする機会あれば矢崎氏にぜひお伺いしたいと思っているが、幸か不幸か、私は矢崎氏に一度も会ったことがない。拙著を矢崎氏と大村氏へ贈呈したが、お礼の葉書どころか電話もなかった。

*後日追記
 以上は2000年の話である。4月に長門市で開かれるみすゞ記念祭で私は矢崎氏にお会いしたいと思い、関係者へ連絡を入れていた。しかし後日、関係者から「あなたが来ると、矢崎先生が困るので、来るのは遠慮してほしい」と電話があり、私は関係者の苦衷を察して、行くのを遠慮した。私を拒んだのが矢崎氏の意思か、関係者の意思かはわからない。ところがその数日後に、拙著が大量に返送されてきた。私は唖然としながらも、すぐさま関係者へ抗議の電話を入れた。ところが関係者は逃げ回るばかりで、とうとう話すことができなかった。それ以来、長門市へは行っていない。
 いまとなっては苦い思い出だが、「美しい花と甘い蜜には、虫がたかる。虫には強い虫と弱い虫がいる」という自然界ではごく当たり前の摂理が、人間社会においても真実であると、「社会勉強」できたのは収穫だったかもしれない。いささか高い「授業料」ではあったが------。まだ拙著はさばけずに、百部以上、拙宅にある。その拙著を眺めながら、そんな「負け惜しみ」が心から離れない。
 負け惜しみついでに、河出書房新社「文藝別冊 総特集 金子みすゞ 没後70年」にはみすゞの娘の上村ふさえさんと矢崎氏の対談が掲載されているが、その一部を抜粋する。
 
 ふさえ:そのとき先生は、まだ、「みすゞさんは我がもの」だと思っていたわけですよね(笑)。
 矢崎 :そんなことは思っていないですよ(笑)。
 
 この対談を読み終えた私は、下記のみすゞの詩を矢崎氏に贈りたいと思った。もっとも「みすゞさんは我がもの」とあなたは思ってましたねと、娘に突っ込まれるような彼に、私の声は届かないだろうが。

 『砂の王国』
私はいま/砂のお国の王様です。
お山と、谷と、野原と、川を/思う通りに変えてゆきます。
お伽噺の王様だって、/自分のお国のお山や川を、/こんなに変えやしないでしょう。
私はいま/ほんとにえらい王様です。
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