RSS

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す

   

短編小説「新球場で会いたい」原稿用紙換算25枚

 国道2号線を屋根に雪を載せた車が数珠つなぎにのろのろと走っている。広島は今年一番の寒気に見舞われ、昨夜から降り続いた雪が三十センチほど積もっていた。   
 白い息を吐きながら、私は駐車場に並べられた展示車へ熱湯を注ぎ、雪を溶かした。新人営業マンの私にとって、洗車は仕事の基本だった。それにしても雪が降ると気が滅入る。
 雪は洗車の手間を増やすだけでなく、ディーラーにとって厄介そのものだ。雪の日の平日に商談に訪れる物好きな顧客がいるはずもなく、お得意さんを回ろうにも市内が渋滞なのはわかりきっているので、週末の商談フェアに来店してくれた見込み客へ電話をかけると、もうすることがない。たまに冬用タイヤに付け替えてくれとか、チェーンの巻き方がわからないといったユーザーからの電話が入り、営業マンが出向くことはあった。しかしそれ以外は特にすることがなく、朝礼後に全員で行う洗車も、どうせまた雪が降るからとおざなりに済ませ、それから顧客ファイルなり、カタログなりを整理したものの、時計の針は遅々として進みそうにない。
 暇をつぶそうと、雪がやんだのを見はからい、駐車場でその日二度目の洗車をしていた私は、背後から声をかけられた。
「藤堂さんですか」
「------そうですけど」
 私は振り向き、声の主を見つめた。
 青いレインコートをまとい、白いエナメルのブーツを履いた二十代前半とおぼしき女性が、ぎこちない笑みを浮かべて立っていた。その銀縁メガネの奥の涼やかな目もととほんのりと赤みをさした頬に、どこかで会ったことがあるような印象を私は抱(いだ)いた。
「プロ野球選手だった藤堂さんですよね」
「はい、------そうです」
 そう応じた私の顔はいくらか歪んでいただろう。高校卒業後にピッチャーとしてプロ入りしたものの一勝もできず、肩を壊した私は六年で自由契約になり、球団を去った。それでも私は野球への未練を断ち切れずにいたが、後援会長だった辻社長に、「野球以外じゃ車のことしか知らんのじゃけぇ、うちで働け」と、なかば拾われるような形で帰郷し、外車を専門に取り扱う四葉モータースに就職した。
 それだけに私はあまりその経歴を、しかも初対面の人物には触れてほしくなかった。辻社長からはプロ野球選手だったことを自分のセールスに生かせと命じられていたが、私はそこまで割り切れずにいた。
「打たれっちまった悲しみはの、藤堂さんでしょ」
 しかし女性はさらに私の耳にしたくないフレーズを口にした。私は唇が尖るのを、今度ははっきりと自覚した。女性は私の思いに気づかないのか、私が作ったとスポーツ新聞に掲載された、中原中也の『汚れっちまった悲しみに』のパロディを朗々と諳(そらん)じ始めた。
「打たれっちまった悲しみに、きょうも勝ち星逃げて行く。打たれっちまった悲しみに、きょうも監督おれ叱る。打たれっちまった悲しみは、たとえば二軍へ行けの宣告。打たれっちまった悲しみは、罵声を浴びて縮こまる。打たれっちまった悲しみは、なにねがうなくのぞむなく------」
「やめてくれませんか」
 思わず声を荒げて、私は女性を制した。
 在京の人気球団に属していた私がカープ戦でさよならホームランを浴びてベンチに戻った際、親しくしていたスポーツ紙の記者にコメントを求められ、ふと「打たれっちまった悲しみに、きょうも勝ち星逃げて行く」と漏らしたら、翌日にはこの詩が新聞にでかでかと載ってしまった。最初の一行以外は新聞記者の創作だ。しかしそれから私は打たれるたびに、「打たれっちまった悲しみはの藤堂」と、新聞に書かれた。
 中原中也という詩人は、私が高校時代に初めて付き合った同級生が教えてくれた。高校生最後の夏、野球部のエースだった私は地方大会の決勝戦でメッタ打ちに遭い、長年の夢だった甲子園出場を逃した。その夜、彼女から電話がかかり、「打たれっちまった悲しみに、甲子園が逃げちゃったね」と、話の弾みで彼女が口にした。彼女は慰めようとして言ったのかもしれないが、私は激怒し、子機の電源を荒々しく切り、ベッドへ投げ捨てた。
 その数日後に、お詫びの手紙とともに文庫本に収められた中也の詩集が送られて来た。その裏表紙には、「詩の価値はわかるわからないにあるんじゃない。感じる感じないにあると思います。だから藤堂くんも中也を読んで、何かを感じてほしいんです」と、彼女の書き込みがあった。しかし詩集どころか本なんかまともに読んだことのない私は、読む気がまったく起こらず、そのままにしておいた。彼女とも会おうともしなかった。
 だが、その二週間後の夏の甲子園大会が開幕したころ、彼女が自ら命を絶った。遺書に私へのお詫びの言葉が書かれていたと、葬儀に参列した私は彼女の母から教えられた。
 彼女は卒業後の進路について悩んでおり、
私はたびたび相談を受けていた。だからそのことに悩んでの自殺という意見が多かったが、私にはそうは思えなかった。
 そんな事情を知るはずのない眼の前の女性が自己紹介を始めた。
「わたしは去年の四月から近くの中学校に赴任し、国語を教えている上本奈緒といいます。それで中原中也の大ファンだけど、中也を好きだったプロ野球選手がここで働いていると噂を聞いて前から会いたいと思っていたら、きょうは大雪警報が出て臨時休校になったので、会いに来ました」
 奈緒は訊かれもしないことを滔々と語り、さらに続けた。
「中也が好きだなんてとっても素敵だと思います。それからゆあーんも好きです。ゆあーんとカーブを投げ、ゆよーんとスライダーを曲げ、ゆやゆよんとフォークを落として三振を取る、でしたっけ。------『サーカス』のオノマトペをそんなふうに使うなんて、すごいと思いました」
 奈緒は笑みを浮かべて語ったが、私は耳をふさぎたかった。それも新聞記者の創作だ。そんなことを私は一言も口にしていない。肩に痛みを覚え、ストレートの球威が衰え、変化球ばかり投げはじめた私を、新聞記者が皮肉を込めて書いたフレーズだった。
「学校(がっこ)の先生ですか、いや先生じゃなくたってわかるだろうけど、ここは車を売るところです。車を買いに来たんじゃないんだったら、帰ってくれませんか」
 営業マンとしてけっして言ってはならないセリフを私はつい口にし、奈緒をにらんでしまった。車を買う気はこれっぽっちも無いのに、プロ野球選手だった自分を冷やかしに来ただけのお客さんに、ずいぶん振り回された経験を何度も持つ私は、自分を抑えることができなかった。
「ごめんなさい。実は打たれっちまった悲しみにという言葉は、二歳上の姉から最初に聞きました。わたしは上本舞衣の妹です。上本舞衣を覚えていますか」
 眼の奥をかすかに光らせ、奈緒が訊いた。
「もしかして、高三の時に亡くなった------」
 私はおずおずと問いかけた。奈緒が大きく頷(うなず)いた。二人の間に沈黙が訪れた。
 私は奈緒から視線をそらし、国道2号線へ向けた。屋根にまだ雪を載せたワゴン車がのろのろと走っているのが見えた。
「わたし、藤堂さんと姉が付き合っていたのを、知っています」
 沈黙を破って奈緒が呟(つぶや)いた。その言葉を耳にし、私はゆっくりと視線を彼女へ戻したが、顔は引きつっていたかもしれない。
------だから、何ですか。
 出かかった言葉を、私はかろうじて堪(こら)えた。
 奈緒は私の思いに気づかないのか、さらに続けた。
「姉は去年、七回忌を迎えました。姉のことを藤堂さんはまだ覚えてくれてたんだと、あの『打たれっちまった悲しみに』の詩を読んで、わたし、嬉しかったんです。姉がもし生きていて、藤堂さんがここで働いていると知ったら、姉はきっと藤堂さんから車を買って、藤堂さんを応援すると思います。でも姉はそれができない。だから姉の代わりに、わたしが藤堂さんから車を買うことが、姉の一番の供養になるんじゃないかと思って、きょうは来ました」
「それは、------ありがとう。でも」
 私は迷った。車を買ってくれるという何ともありがたい話を、いま眼の前の女性は口にしている。飛びつきたい話だ。車の売れなくなった最近は、月間のノルマは三台とゆるくなったが、一月も終わろうとしているのに、まだ二台しか売っていない。あと一台売ればノルマ達成だ。入社した昨年は親戚や野球部OBをまわり、いまは来店客をおもに担当しているが、これまで私は一度もノルマを達成したことがない。それだけに、それをクリアすることが、自分を雇ってくれた辻社長への恩返しだと考えていた。
 だけど私はやはり迷った。舞衣の自殺に責任を感じていたからだ。しかし高三の十月、プロ野球のスカウトから父あてにかかって来た一本の電話が、彼女の記憶を遠くへ追いやった。プロへ進む気があるのか、スカウトが自宅を訪ねて確かめたいという電話があったと父から聞かされたとき、私はすぐには信じられなかった。だが思い当たる節があった。
 高校のグランドでピッチング練習をしていた際、中年のがっしりした体格の男性がつかつかと私に近寄り、「最高何キロの球をほうったことがあるか」「コントロールに自信はあるか」「変化球は何が得意か」などと矢継ぎ早に質問した。さらに「肩や肘を痛めたことはないか」と訊きながら、筋肉の付き具合を確かめるためか、体を触られた。チームメイトは「プロのスカウトかもしれんぞ」と噂したが、「おれなんかのとこに、スカウトが来るはずないだろ」と、私は否定した。
 高校卒業後は、整備工場で修理部長をしていた父のコネで、私は自動車メーカーで働くことがほぼ決まっていた。そこは野球チームを持っていたため、働きながら野球も続けたいと、漠然と考えていた。それだけにプロ野球なんて夢のまた夢でしかなかった。しかし自宅を訪れたスカウトは、必ず指名すると明言しなかったため、私は期待と不安が交錯する日々を過ごした。
 その年の秋、私は在京の人気球団にドラフト六位で指名され、入団した。
「きみの姉さんのことを忘れていたわけじゃないけど-----。でもおれ、野球のことでいっぱいいっぱいだったから。だから、気を遣ってくれなくてもいいです」
「気を遣ってるんじゃありません。じゃ、ここに来た本当の訳を話します。藤堂さんが姉のことをまだ覚えてくれているか、実はぜんぜん気にしてませんでした。冷たい言い方かもしれないけど、死んじゃった人は忘れられてもしょうがないから------。姉の死から六年半が経ちました。その間にわたしたち家族の気持ちも変わりました。最初は藤堂さんを恨む気持ちもあったけど、今はぜんぜんそんなふうに思っていません。姉が亡くなったとで、藤堂さんもずいぶん苦しまれたと思います。そのお詫びをしたいと、ずっと思っていました。でも藤堂さんは有名人になって遠くへ行ってしまったから、そのチャンスがなかった。だけどいまは違う。姉が好きだった藤堂さんから車を買いたいというのは、わたしの、いえ、わたしたち家族のお詫びの気持ちです」
「お詫びだなんて------。お詫びしなければいけないのは、おれのほうです」
 奈緒へ向って、私は深々と頭を下げた。
「車、売ってくれますか」
 頭を上げようとしない私へ彼女がたずねた。
「------はい」 
 私は頭を上げることなく、小さく答えた。
 それから私は奈緒を店内に導き、カタログを何冊も示した。まだ働いて一年にもならないから高価な車は買えないという条件だったので、私はオンラインで検索し、ワーゲンの中古のポロを勧めた。
ポロの納車を済ませ、私が奈緒に連絡を取ることはなくなった。だが------。

 納車から一ヵ月後の無料点検に奈緒は浮かぬ顔で、店に現れた。それから「個人的に相談したいことがあるので、外で会ってほしい」と告げた。
 その誘いを受けて彼女と私は近くのファミレスで会った。彼女の相談というのは、学校でいじめを受けているが、その理由は若いくせに外車に乗って通勤を始めたから生意気だ、というものだった。それであの車を手放そうかと考えているけど、でもそうしたら自分がいじめに負け、いじめを認めたようで納得できない。どうしたらいいだろうかと、彼女は私の意見を求めた。
 そう相談されても、私は返事のしようがなく、困ってしまった。
 しばらく考えた私は、ようやくあるアドバイスを見出し、口にした。
「みんながみんな、きみをいじめているんじゃないと思うから、そういうことは信頼できる先輩の先生に相談したらいかがですか」
「それは、もうしました」
「そしたら?」
「大学の先輩で、同じ中学に勤めている先生に相談したら、その先生をわたしが好きだみたいな変な噂が流れたの。それでね、児玉先生は、ああ、その先生の名前だけど、児玉先生は勘違いしちゃって、僕もきみのことを前から好きだった、付き合ってくれなんて言われちゃったの。------もう、ホントにいや。学校じゃみんな先生先生って呼び合っているけど、中身は子どもばっかりなのよ」
「児玉先生のことをきみは好きじゃないんだ」
「もちろんよ。わたしが好きなのは------」
 奈緒は言い澱(よど)んだ。しかしそれはほんの一瞬で、奈緒はまっすぐに視線を私に向けて、言った。
「わたしは藤堂さん、あなたが好きです」
 その言葉を耳にしたとき、私はいささかも戸惑いを覚えなかった。彼女が私に時おり見せる表情や恥じらいだ口調から、私への好意をうすうす感じていた。
「おれ、きみの姉さんと付き合っていたんだよ。それはどう思ってるの?」
 奈緒の告白を受けて私は黙り込んだが、これだけは訊かねばと思い、口を開いた。
「それは関係ないと思います。姉が好きだった人をわたしが好きになる。それは自然なことだと思います」
「そうかなぁ」
 私は奈緒の意見に素直に同調できなかった。彼女が姉の実らなかった思いを引き継ぎたいと考え、その思いが私への好意を加速させているように思えた。
「姉のことをわたしは藤堂さんに思い出してほしくありません。それからもしお付き合いしてくれるなら、姉とわたしをけっして比べないでください。わたしも姉のことは藤堂さんの前で二度と話題にしません」
 奈緒はきっぱりと告げ、小さく頷いた。その言葉に私の心が揺れた。
「きみの気持ちはわかった。じゃ少し関係ない話をするけど、聞いてくれる?」
「はい」
「おれね、プロで一勝もできなかったけど、その理由は自分ではわかっている。一軍で投げると緊張するんだ、みんなに見られるから。二軍の試合だとお客さんが少ないから伸び伸びと投げられるんだけど、一軍だと腕が縮こまってぜんぜん球が走らない。------何が言いたいかって言うと、おれ、気が小さいって言いたいんだ。だからおれ、姉さんのことがあるから、きみと付き合うのは無理なんだ。ごめん、悪いけど------」
「わたしが嫌いですか」
「いや、好きとか嫌いとか、そういうんじゃないんだ。ごめん、わかってください」
「そうですか。------」
 奈緒は立ち上がり、私へ深々と頭をさげ、急ぎ足で店を出て行った。
 店にひとり残された私は冷めたコーヒーを口にし、激しい後悔の念に見舞われた。
 人気球団の一員だったからじゃなく、いまの落ちぶれた、いや落ちぶれたとは自分では思っていない。ただ夢の世界に生き、夢を掴(つか)めずに眼が覚めてしまっただけだと思っている。年収は半分以下に減ったが、そんなことは気にしていない。ただこの地で、何とか根をはやして生きて行きたいと思っている。そんなありのままの私を見て、彼女は好きだと言ってくれた。姉を自殺に追い込んだのは私かもしれないのにだ。それを私は小心だからと、彼女の好意を拒否してしまった。
 私は奈緒を追いかけようか、いややはりこのまま彼女とはもう会わないほうがいいんだと迷い、ぐずぐずとしていた。
 それからどれくらい経っただろうか、店のドアが開き、驚いたことに奈緒が舞い戻って来た。彼女は男性と一緒だった。その男性は私の前に遠慮なくすわり、「上本先生と同じ中学で教師をしている児玉といいます」と、声低く名乗った。児玉はしぶる奈緒を隣にすわらせるや、語り出した。
「僕は上本先生とお付き合いをしているが、上本先生の最近の様子がおかしいので、きょうは心配で後をつけた。するとここの駐車場で泣いていたので、理由を聞くとあなたにひどいことを言われたらしい。------あなたは上本先生へ、いったい何を言ったんですか」
 語気荒く問いかけた児玉が、私をにらんだ。
 怒りの表情を露(あらわ)にした児玉を無視し、私は奈緒にたずねた。
「この人と先生は付き合っているんですか」
「いいえ、付き合っていません」
 その返事を耳にし、私の心に炎がともった。
「児玉先生。私が上本先生に何を言おうが、それは先生には関係ないんじゃないですか。それから尾行するのも感心しませんよ。それに先生は恋人のつもりらしいが、彼女は否定している。これっておかしくないですか」
「だからそれは、生徒や保護者の眼もあるし------。おおっぴらにできない事情があるんです。そうですよね、上本先生」
 同意を求める児玉へ、奈緒は力の限りに首を振って、否定した。
 それを見て、私は児玉への対抗心がめらめらと燃え上がった。
「児玉先生、ちょっとみっともなくないですか。------上本先生は私の恋人です。さっきケンカしちゃったけど、これから仲直りをするから、きょうは帰ってくれませんか」
 児玉は口をあんぐりと開けて私を見つめ、それから視線を奈緒に向けて訊いた。
「いまの話、ホント?」
「------はい」
 奈緒はためらいつつも、力強く答えた。
「まいったなぁ。彼氏がいるんならいるって、そう言ってくださいよ。そう言ってくれれば、僕は何も先生に------」
 語尾を濁したまま児玉は立ち上がり、振り向くことなく店を出て行った。
 安堵の表情を浮かべて児玉を見送った奈緒は私へ顔を向け、お礼の言葉を何度も口にした。しかし私は彼女を遮(さえぎ)り、決然と言った。
「おれ、プロでは結果を出せなかったけど、おれの人生はまだこれからだと思っている。おれ、いま思っているのは、生活を安定させ、身を固めたいってことなんだ。だからもし、きみがおれと結婚したいってそこまで考えて、おれを好きだと言ってくれているのなら、逆におれのほうからお願いして、きみと付き合いたい」
「------結婚ですか」
 奈緒は驚きを隠そうとしなかった。
「そうです」
「------すぐお返事はできません。少し、考えさせてください」
 かすかな声で奈緒は答え、下を向いた。

 この日以来、私は激しい自己嫌悪に見舞われた。
 女性から好きだと告白され、じゃ結婚するなら付き合ってもいいとは、何という言い草だ。おまえは結婚したいから女性と付き合うのか。上本奈緒という女性のことを本当は好きでもなんでもなく、ただ誰かと結婚がしたくて、好きだと告白してくれた相手なら、結婚を申し込んでもふられることはないだろう。そんな臆病な打算から、彼女を試すようなこと口にしたんじゃないのか。おれは最低の、なんて小心な男なんだ。
 自分を責める思いが胸中を離れることはなかった。
 そんな三月のある日、私は所用で市の中心部へ出かけ、市民球場の前を通った。
 高三の夏に、地方大会の決勝戦でメッタ打ちに遭い、長年の夢だった甲子園出場を逃した市民球場。そしてプロに入った私がカープ戦でさよならホームランを浴び、ふと高校時代に自殺した上本舞衣を思い出し、「打たれっちまった悲しみに、きょうも勝ち星逃げて行く」と、ベンチで漏らした市民球場。
 私はこの市民球場の前を通るたびに、胸が疼(うず)く
 野球をやっていて、嬉しいこと、楽しいことがいくらでもあったはずなのに、思い出すのは辛いこと、苦しいことばかりだ。
 みんなそうなのか。それとも、一軍で活躍し、結果を残して引退した選手は、自分のような思いにとらわれることはないのか。それはわからないが、人は大なり小なり、心に何らかの痛みを抱(かか)え、その痛みを心に埋(うず)めながら生きているのかもしれない。
 だが時は常に流れ、人は老い、物は古くなる。この市民球場も今年からカープの公式戦は行われず、やがて取り壊される運命だ。私だけじゃなく、多くの人の思い出を残したまま、消え去って行くのだろう。しかし思い出は新球場へ受け継がれ、人はまた新球場で新たな夢を見るのかもしれない。
------そうだ、新球場だ。
 私は四月十日に行われるカープの地元開幕戦に奈緒を誘おうと、不意に思いついた。
 球団を解雇されて以来、私は一度も野球観戦に行ったことがない。行けば、野球への未練に苛(さいな)まれそうで、こわかった。
 そんな臆病で、小心な自分と決別すべく、私は市民球場の窓口に夜を徹して並び、地元開幕戦の入場券を買い求め、奈緒へ送った。「新球場で会いたい」と、言葉を添えて。

 夕闇が漂う空のもと、六基の照明塔から発せられた白色光線がフィールドを照らし、真新しい天然芝の緑と、茶色のコントラストが色鮮やかな土のグランドを浮かび上がらせていた。
 風はバックスクリーンの上に立てられた五本の旗を勢いよくはためかせ、その風は百二十二メートル後方のセンターからホームに向かって吹き、市長の両脇に立って花束贈呈を行っていたフラワークイーンの振袖をかすかに揺らしていた。
 ホームでは中日の落合監督とカープのブラウン監督が市長より花束を受け取り、続けて握手を求められた。落合は軽く、ブラウンは力を込めて市長の手を握り返し、市長を苦笑させた。
 それから市長はピッチャーズマウンドへ向かい、まず球場を埋め尽くした三万三千を超える観衆に向けて手を振り、万雷の拍手を浴びた。
 その様子を、私は内野席一階の本塁後方にグランドへせり出すように設けられた砂かぶり席から見つめていた。砂かぶり席のシートは地面より低く、観客の胸の位置がフィールドの高さにあたり、より臨場感を味わいながら野球観戦を楽しめるように設置されていた。
 私はゲートを気にしつつ、グランドを眺めていたが、始球式が終わり、いよいよゲームが始まろうかというとき、奈緒らしい人影が見えた。
 はやる心を抑えて私は立ち上がり、人ごみをかき分けて彼女に近づき、声をかけた。
「上本、先生」
「先生はやめて。-----奈緒と呼んでください」
 ほんのりと頬を赤く染め、ぎこちない笑みを浮かべて奈緒が応じた。それは初めて言葉を交わした、あの雪の日のような微笑(ほほえみ)だった。
スポンサーサイト
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す

   
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。