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「ワンちゃん」「時が滲む朝」楊逸 ☆☆☆

 「ワンちゃん」は文学界新人賞、「時が滲む朝」は芥川受賞作である。いずれも中国と日本を舞台にしているが、作者の楊逸氏は在日の中国人女性である。どちらも短編なので、あわせて書評を書く。
 まず「ワンちゃん」だが、自分の名前が王愛勤だから、働き尽くめだというマクラから始まる。以下、日本人男性と中国人女性のお見合いツアーの世話役として苦労する「ワンちゃん」の話や、文革後に洋服を仕入れて中国の農村で売りさばく話、結婚したが、働かない、顔だけがいい男から逃げて日本で再婚する話、八百屋の日本人男性に淡い恋心を抱く話と続き、姑を介護し、看取るところで話は終る。
 かなり読ませどころに満ちている。感心したのが、成人した息子に北京でおみやげにCDプレーヤーを渡すと、息子は喜ばず、「i-pod」を次は持って来いと要求し、さらに父のように「女にたかって生きたい。父の生き方がうらやましい」と息子がほざくエピソード。心の通はない日本人夫へ抱かれる前の「ワンちゃん」の心の緊張。日本人の夫が「ワンちゃん」の国際電話代に驚き、いらつきを見せる箇所などに、作者の実体験がかなり投影しているのだろうが、面白く読ませてもらった。
 「時が滲む朝」は1989年の天安門事件を題材にしている。浩遠と志強の二人が大学入試を受けて秦都大学(モデルは西安の西北大学かと思われる)に入学し、やがて学生運動に身を投じるが、天安門事件後に二人は飲食店で暴行を働き、大学から退学処分を受ける。浩遠は日本人残留孤児の娘である「梅」と結婚したために日本へ渡り、志強は中国に残り、デザイナーとして成功する。
 天安門事件が忘れらず、日本で先の見えない活動に従事する浩遠の心情はそこそこ描かれていると思うが、それを尾崎豊の「I LOVE YOU」を聞いて覚えた心が揺さぶられるような衝撃とリンクさせるのは、読者の共感を求めるという意味において、かなり無理があるんじゃなかろうかと感じた。これは作者である楊逸氏の尾崎に対する感傷であって、読者へをそれを求めるのは、さらにもう一工夫が必要ではなかろうかと、感じた。
 さらに浩遠が「梅」と結婚するのは、「梅」が浩遠に憧れていたためだと、その理由を作者は一行で済ませている。大学を中退し、肉体労働に従事していた浩遠にとって、日本へ行くことはきわめて大きな人生のターニングポイントであり、そこに憧れや不安があったと思うが、それに対する記述は特にない。
 また中国に残り、経済的に成功した志強の心情と、日本へ渡った浩遠、あるいは亡命した甘先生や白英露の心情はかなり異なると思うが、東京で再会した二人はカラオケに行き、ただ尾崎を唄うだけである。こここそ、書き込むべき箇所であろう。
 思うに作者の楊逸氏は女性だが、女性を主人公にした「ワンちゃん」は、心情描写などにかなり筆の冴えを見せるが、男性が主人公の「時が滲む朝」ではさっぱりである。これは資質であろう。作家には、自分と似た人物を主人公にして書くのが得意な作家(たとえば太宰治など)と、それが不得意で、まったく自分と異なる人物を主人公にしないと書けない作家(たとえば藤沢周平など)がいるかと思う。楊逸氏は前者であろう。その理由により、「ワンちゃん」は☆4、「時が滲む朝」は☆2、平均して☆3というのが私のお勧め度である。
 
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