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ボクはキミのためにアイツを殺す

 大阪富田林でショッキングな事件が起きた。高3の男子生徒が高1の他校の男子生徒を河川敷で殺害し、川へ蹴り捨てた。殺害の理由は「被害者と交際している女子生徒から相談を受け、彼女を助けるには、彼の存在をこの世から消すしかないと思った」からだそうである。被害者と彼女は同じ中学の同級生で、彼女は容疑者と同じ府立高校に進学していた。容疑者は二年後輩にあたる被害者を富田林駅へ呼び出し、自転車に二人乗りして河川敷へ向かい、それから「心理テストをする」と言って眼を閉じさせ、あらかじめ用意した木槌と木製バットで撲殺したそうである。
 新聞報道はここまでしか伝えていないので、以下はやや推測を交えて書く。
 容疑者が彼女に対して、「恋心」を抱いていたことは間違いないだろう。もしそうじゃないとしても、「彼女を助けたい」という思いは、いわば「男気」として、私は評価したいと思う。しかしどうしても共感できないのは、なぜ短絡的に「殺す」という結論を容疑者は導き出したのかという点である。河川敷で話し合い、激情の上、つい殺してしまったという事件ではない。あらかじめ計画し、カバンに木槌を、河川敷に木製バットを隠した上での犯行である。なぜ、「話し合う」ということを容疑者は念頭に置かなかったのか。それがどうしても疑問でならない。もちろん、「話してわかるような相手じゃない」という思いが容疑者にあったのだろうが、しかし被害者は素直に駅への呼び出しに応じ、しかも容疑者の運転する自転車に乗って河川敷に向かい、しかも「心理テストをする」と騙されて、眼を閉じたところを殺されている。さらに殺害後は、川に蹴り捨てられてる。殺害までの周到な計画に比べて、殺害後はきわめて幼稚な処理である。このアンバランスをどう考えたらいいのだろうか。殺すのが目的だから、容疑者は逮捕も覚悟の上だったのだろうか。だとしたら、「ボクはキミのためにアイツを殺す」という直情が、捕まってもかまわない、自分の将来なんぞどうなってもかまわない、ボクの人生はキミに捧げるるという、いわば一種の「ヒロイズム」として彼を酔わせ、犯行に走らせたのだろうか。
 もしそうだとしたら、あまりに愚かな話である。これから容疑者にどんな罰が与えられ、どんな人生を送るのかはわからない。しかし人生が狂うのは容疑者だけではない。彼女もまた心に深い傷を負うであろう。また被害者だけはなく、容疑者の家族にも、重くて、暗い人生が待っているであろう。その苦悩に少しでも思いが至ったならば、けっして「殺人」などという罪を犯してはいけなかったんだと、容疑者はきっと塀の中で気付くであろう。容疑者は深く反省し、罪を償ってほしいと切望する。
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