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知事の椅子より代議士になりたい?

 東国原英夫宮崎県知事が自民党の古賀誠選挙対策委員長と会談し、自民党からの総選挙出馬を要請されたが、東国原知事は自分を総裁候補としての擁立を、出馬の条件の一つとして上げため、政界を騒がせているようだ。
 まず昨日の会談の様子だが、古賀氏が「私にとって今日は大事な沖縄慰霊の日である。私は毎年、沖縄の慰霊祭に参列していたが(古賀氏は日本遺族会の会長である)、今日は知事にお会いするためにわざわざ宮崎まで来た」と、恩着せがましく述べ、それに対して東国原氏が「たいへんプレッシャーに感じます」と応えて愛想笑いするのを観て、私は東国原氏が「何や、偉そうに。そりゃあんたの都合だろが。別におれが会いたいと言うたわけはないど」と、カチンと来たのかと思った。それで出馬する気はさらさらないので、総裁候補などという「無理難題」を吹っかけたのかと思った。
 しかしどうも違うようである。東国原氏は本気で「条件付き」の出馬を視野に入れ、古賀氏も東国原氏の条件がクリアできるように党内を調整する意思があるらしい。とすれば、私には両者ともアホとしか思えない。
 まず東国原氏だが、その前身はみなが知っているように、「そのまんま東」である。それが前知事の逮捕(建設会社に「天の声」を発し、入札価格を教えた)による辞職によって行われた知事選にラッキーにも完勝し、「宮崎県のトップセールスマン」としてマスコミにちょくちょく顔を出し、宮崎県の特産品の販売に大きく寄与した。彼の支持率は当初は90%台、現在でも80%台だそうである。彼の功績は評価するが、しかし伝えられるのは彼の公共電波を利用した「空中戦」としての勝利であり、「地上戦」として彼が宮崎県において社会保障・福祉・産業発展などの行政分野で、いかなる貢献を果たしたかというニュースはあまり聞かない。彼はテレビに出る機会だけでなく、上京する日数も多過ぎるように私は感じられる。せっかく知事になれたのだから、もっと宮崎に腰を据えて働いたほうが、自らがかつて学んだ「地方自治」を実践する機会に恵まれるかと私は思うが、本人はどうしても「東京」に住みたいようである。知事になりたくてもなれない「陣笠代議士」にとっては、彼の「幸運」は羨ましく、かつ不可解であろう。
 そして古賀氏だが、自民党内では東国原氏の「条件」について不快感を示し、古賀氏の責任を問う声が上がっているそうだ。当然であろう。政界は嫉妬の世界である。まだ代議士でも、まして自民党党員でもない東国原氏が、ただ支持率が高い知事だというだけで総裁選に出馬できるのなら、「俺がどんなに苦労して代議士になったと思っているのか。あるいはうちのオヤジは20人の推薦人が集められなくて、泣く泣く涙を飲んで」という感情を抱く者は少なくないだろう。いくら麻生総理の支持率が20%以下とはいえ、彼は三度目の総裁選でその座を手にし、また支持率の高かった小泉元総理でさえ、三度目の挑戦でその座を手にしている。それを「たかがお笑い芸人あがりの知事を総裁候補へ」などとは、とても受け入れられる話ではないだろう。自民党はこの問題で今後、かなりもめることは間違いない。それは鳩山邦夫前総務大臣の自爆辞任以上の混乱を招くであろう。
 しかし、もしかしたらそれが策士である古賀氏の狙いかもしれない。現自民党執行部に見切りをつけた古賀氏はキングメーカーとして東国原氏を擁立して第二自民党(仮称)を立ち上げ、そこへ鳩山氏や選挙で苦戦が予想される小泉チルドレンを集結させれば、かなりの当選が見込めるであろう。そうすれば民主党に政権を渡すことなく、第一自民・第二自民の保守連合が、政権を維持できるかもしれない。その際は公明党には「お役御免」とばかり、野党に下ってもらってもいいだろう。すると実質的には自民党の単独政権の復活である。もし、そこまで考えて古賀氏と東国原氏が「出来レース」を演じているとすれば、私は二人に「敬服」するばかりである。
 だがもしそうではなく、東国原氏が条件を下げて、たとえば総務大臣のポストを約束するような形での出馬となれば、国民は大いにに失望し、東国原氏は当選するかもしれないが、政権は民主党に奪われ、彼の大臣ポストは「空手形」に帰することは間違いあるまい。
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